「再審制度の見直し」 被害者を救えるか

世界人権研究センターにて

(2026年6月19日筆者撮影)

5月26日、再審制度の見直しに向けた刑事訴訟法改正案が衆院本会議で審議入りしました。すでに衆院本会議で可決され、審議の場は参院へと移っています。

今回の法改正の背景には、刑事訴訟法に再審に関する規定が少なく、検察側が重要な証拠を開示しなかったり、審理に長い時間がかかったりすることで、冤罪被害者の救済に長い時間を要してきた現状があります。

例えば、袴田巌さんは1966年に逮捕されてから再審で無罪が確定するまで58年もの間、犯罪者として扱われました。また、6月19日には、強盗殺人で無期懲役が確定したまま2011年に亡くなった阪原弘さんの「死後再審」において、地検が有罪を主張しない方針を明らかにしました。阪原さんは無実を訴えながらも、名誉を回復できないまま亡くなっています。

こうした事例が続くなか、政府は再審制度の見直しに向けた刑事訴訟法改正案の審議に踏み切りました。しかし、長年人権問題に携わってきた神戸大学の坂元茂樹名誉教授は、今回の改正案にも依然として課題が残ると指摘しています。

本記事では、今回の改正案で争点となっている主なポイントと、具体的な課題について紹介します。

検察による抗告の「原則」禁止

一つ目は、検察の不服申し立て(抗告)に関してです。今回の改正案では、検察の不服申し立てを原則禁止とし、「十分な根拠」がある場合に限って申し立てを可能としています。これまでの再審事件では、再審開始決定に対して検察が抗告することで、審理が長期化することが問題視されてきました。そのため、再審請求に関わる人々からは抗告の全面禁止を求める声も上がっています。一方で政府は、誤った再審開始決定を避けるには、例外的に抗告を認める必要があるとしています。

これについて、坂元名誉教授は「仮に検察がこれまでも機械的に抗告してきたわけではなく、それぞれの事件で理由があると判断して抗告してきたのであれば、今回の改正後も同じように『十分な根拠がある』と主張することは可能ではないか」と指摘しています。

私は、この「十分な根拠」という言葉の中身こそが重要だと感じました。言葉だけでは従来と何が変わるのかが見えにくく、再審の迅速化につながるのか判断が難しいからです。

適切な証拠開示はされるのか

二つ目は証拠開示に関してです。改正案では、再審請求の理由と関連する証拠について、裁判所が必要と判断した場合に検察へ開示を命じることができるようになります。

これまで再審請求における証拠開示には明確な規定がなく、検察の手元にある証拠が開示されないことが問題視されてきました。一方で、再審事件に関わった元裁判官は、「どんな証拠があるかわからないのに、再審の理由と関連する証拠に限定するのは、裁判官に無理を強いるものだ」と批判しています。

私もこの指摘には説得力があると感じます。再審を求める側は、検察がどのような証拠を保有しているのか把握していない場合が少なくありません。そのため、存在すら知らない証拠について「再審理由と関連している」と主張することは容易ではありません。実際、袴田事件では後になって開示された証拠が再審開始の大きな根拠となりました。

証拠の目的外使用とは

三つ目は、証拠開示の目的外使用の禁止です。改正案では、再審請求人や弁護士が開示された証拠を再審手続きやその準備以外の目的で使用した場合、1年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金が科されるとしています。

この規定は、被害者や関係者のプライバシー保護などを目的として設けられました。しかし私は、この規定が冤罪救済の妨げになる可能性があると考えています。

袴田事件では、犯行当時の着衣とされた「5点の衣類」のカラー写真が開示され、弁護団が支援者らと共有したことで証拠の問題点が広く認識され、検証されるきっかけとなりました。その結果、証拠の信用性に対する疑問の声が広まり、再審開始や無罪判決につながりました。もし当時、開示証拠の利用が厳しく制限されていたならば、このような検証は難しかったかもしれません。

もちろん、関係者のプライバシーを守ることは重要です。しかし再審事件では、国家権力による捜査や裁判のあり方そのものが問われる場合があります。そのような事件において証拠の利用を制限することは、冤罪を訴える人が自らの無実を社会に訴える機会を狭めることにならないでしょうか。

司法制度の根底にある課題

今回の刑事訴訟法改正案の背景には、「確定判決の安定性」と「冤罪救済」のどちらを重視するかという対立があります。日本の司法制度は三審制を採用しており、一度確定した判決を簡単に覆さないことで司法への信頼を維持してきました。そのため、再審制度についても慎重な運用を求める声があります。

しかし私は、今回紹介した三つの争点を見る限り、依然として冤罪救済よりも確定判決の安定性が優先されているように感じます。「十分な根拠」があれば検察の抗告を認めることや、証拠開示の範囲を限定すること、開示された証拠の利用を厳しく制限することは、いずれも再審への高い壁となり得るからです。

もちろん、司法制度への信頼や関係者の権利保護は重要です。しかし、袴田さんが58年もの間犯罪者として扱われ、阪原さんが無実を訴えながら名誉を回復できないまま亡くなった事実を考えると、今求められているのは形式的な慎重さよりも救済の迅速化ではないでしょうか。確定判決の安定性は、公正な裁判が行われて初めて成り立つものです。また、検察という組織の前で個人はとても小さな存在です。経済的、心理的、社会的な負担は検察とは比べものになりません。だからこそ私は、再審制度は冤罪救済をより重視する方向で見直されるべきだと考えています。

参考記事

・2026年6月20日 朝日新聞朝刊 1面「日野町事件、再審無罪へ 大津地検、有罪主張しない方針」

・2026年5月16日 朝日新聞朝刊 2面「再審制度、見直し議論なぜ」