ついさっきまでまな板の上にあった野菜の切れ端や、机の上の空箱。それらをゴミ箱に捨てたその瞬間、人々の関心から消え去ります。さっきまで手元にあったはずなのに、一瞬で汚いものへと成り下がってしまう。私たちの毎日の生活の中で、最も無意識かつ無関心な行動は「ゴミを捨てること」ではないでしょうか。
そんな、誰もが意識していない場所に着目し、コツコツと採集を続けている人がいます。横浜国立大学大学院(Y–GS A)で建築を学ぶ、児島扶実子さん(24)です。筆者が、横浜赤煉瓦倉庫に出向いた時、児島さんの卒業制作を観たことをきっかけに出会いました。「ゴミ捨て場コレクター」とも呼びたくなる彼女の研究分野は、単なるマニアックな趣味ではありません。私たちが普段見落としている、意図しない生活の営みや、その土地の住民たちが時間を経て無意識に築き上げてきた「建築物」としての価値を見出す挑戦です。
児島さんがゴミ捨て場のデータを集め始めたのは、多摩美術大学2年生のときで、きっかけは「考現学」の授業でした。考現学とは、歴史を研究する考古学に対して、現代の社会現象や風俗を観察・記録する試みです。戦後、焼け野原になった日本で、人々がその場しのぎで造った「即席性」のある建築や物に着目して観察・記録したことから始まった研究分野です。
現代の街は、機械が作った既製品で溢れています。即席性のある観察対象を模索していたある日、いつものようにゴミを捨てていた児島さんは、ふと自分の家のゴミ捨て場(ゴミ捨て場No.1)に目を留めました。括り付けられたネット、崩れないようにするための補強材、独自のルールが書かれた手書きの張り紙。それは、その土地の住民が日常の連続の中で、必要に迫られて創意工夫を凝らし、時間をかけて街に溶け込んでいったまさに即席の建築物でした。そこから児島さんの採集の旅が始まります。日本国内、海外旅行や留学先での私生活の中で採集を続け、これまで200箇所以上のゴミ捨て場をスケッチや写真で記録しているそうです。例えば、張り紙が多い地域は「それだけマナーが荒れやすいのか、それとも逆に管理が行き届いているのか」といった、地域の姿まで見えてくるのが面白いと言います。
大学4年になり、この研究を卒業制作へ落とし込む段階で、各地の住民が築き上げてきた生活の痕跡をどう他者に伝えるかに葛藤していました。大学の学園祭でフリーマーケットを出店することになったときのことです。知り合いの芸人のライブを観に行き、そこで配られていた手作りの「芸人カード」から大きなヒントを得ました。「私のゴミ捨て場も、カードにしたら面白いかも!」。誰も思いつかないカードが生まれました。
当初は単なるポストカードとして販売する予定でしたが、フリマの1日目、お客さんから「これで遊べないの?」という声が上がり、その日の夜、遊び方を考えたそうです。翌日、手作りの説明書を添えて販売したところ、「面白いね!」と5,000円のフルセットを買い、校外学習のバスの中で夢中で遊んでくれた人まで現れたといいます。「ただのゲームじゃない、何か大きな可能性がある」と手応えを感じた彼女は、これを卒業制作の本丸に据えることを決意しました。
こうして完成したのが「ゴミ捨て場トレードカード」です。このゲームには、明確な勝ち負けのルールはありませんが。重要なのは、「観察」です。プレイヤーはカードに写るゴミ捨て場をじっくりと見つめ、共通点を探していきます。共通したカードは、繋げていく他、ポーカーやブリッジのように、その場に出していくことができます。
「横列は、使われている素材(木、ネット、鉄など)が同じもの」
「縦列は、設置されている場所(駐車場、電柱の陰など)が同じもの」
そうやってカードを自由に楽しめます。このゲームの、ただの遊びでない凄さは、遊んだ人の、「街を見る目線」が変わることです。昨日まで素通りしていた場所でも、「あそこにあるゴミ捨て場のネットは特徴的だな」と、普段は着目しないミクロな視点が養われていきます。「カードを通じて、まちへの新たな視点を与えるきっかけになるといい」と児島さんは言います。友人からも、「こんな面白いゴミ捨て場があったよ!」と、写真が送られてくるようになったそうです。
「日常生活で絶対にゴミは出るし、捨てる。けれど、ヒエラルキーは一番低く気にされない。だからこそ、人間の意図しない生活の営みが、そのまま出てくるところが面白い」と言います。ユニークなカードゲームは、身近にあるものの、見落としているものの存在を気づかせてくれます。いつもと同じ世界を見ていても、世界が広がった感覚にしてくれるような。
明日、何気なくゴミを捨てに行くとき、その場所で少しだけ立ち止まって観察してみませんか。そこからは、その街に住む人たちの暮らしに溶け込んだ何かが垣間見えるかもしれません。
取材に応じてくださった児島扶実子さんに、心より感謝を申し上げます。
参考文献
2026年6月26日Gomi_station「2026 卒業制作映像」https://youtu.be/JOkavzefjUI?si=E3qH4PJDvXOuSnZ6
2025年10月23日 児島扶実子「地域のゴミ捨て場にみる-暮らし手による地域の読み解きと創造力」






