7月2日から13日まで、筆者はタイを旅行していました。海外へ行くと、私が真っ先に向かうのは有名な観光地ではなく、ローカルマーケットです。そこには、それぞれの土地で暮らす人々の日常が詰まっています。並ぶ食材や服、漂う匂い、人々のやり取り――市場を歩けば、その国の文化や社会が見えてきます。
本記事では、筆者がこれまでに訪れたアジアの4つの市場、カンボジア(シェムリアップ)、中国(雲南省)、インド(デリー)、タイ(チェンライ)の特徴を様々な視点から紹介します。
まず、世界遺産アンコールワットで知られる、カンボジア・シェムリアップです。観光エリアにはおしゃれなカフェやバーが並びますが、一歩外れると未開発の地域も多く残っています。その背景には、ポル・ポト政権下で国全体が深い打撃を被り、その後長く復興が続いてきた歴史があります。 屋根のある市場もありますが、路上に傘を立て、シートの上に商品を並べる露店も多く見られました。
肉はほぼすべての部位が売られており、内臓や豚の頭部などもそのまま並んでいます。食用の昆虫も一般的で、幼虫やバッタを揚げて味付けしたものが売られていました。また、アヒルなどの有精卵を孵化直前まで育てて茹でたものも並び、日本との食文化の違いを強く感じました。
市場には生鮮食品特有の匂いが漂い、衛生的とは言い難い環境でした。しかし、スーパーマーケットがまだ多くない地域では、市場は人々の生活インフラとして機能しており、昼間から多くの買い物客でにぎわっています。
興味深かったのは、観光客向けと住民向けで価格が大きく異なることです。土産物として購入した雑貨は、最初は12ドル(約1800円)と言われましたが、交渉すると4ドル(約600円)まで値下がりしました。ミルクコーヒーも観光客向けの店と地元の人向けの店では4倍ほど値段が違いました。
次に中国・雲南省の市場です。雲南省は中国南部に位置し、ミャンマーなどと国境を接しています。お茶やキノコ、花の産地として知られ、チベットや東南アジアなど多様な文化の影響を受けています。山間部の小さな村にさえも、党の建物や新しい住宅が建設されており、地方でも開発が進められている様子が印象的でした。
生鮮食品の種類は非常に豊富で、馬のしっぽが肉付きのまま売られていたのには驚かされました。内臓なども多く並び、日本よりもさまざまな部位を食べる食文化がうかがえます。肉だけでなく、野菜や調味料なども種類が豊富で、市場全体には乾燥キノコや漢方、お茶の香りが漂い、雲南らしい特色を感じました。特産品を扱う店が何軒も連なり、市場内は活気がありながらも清潔に保たれていました。地域住民にとっては、品ぞろえが豊富で価格も手頃な「激安スーパー」のような存在だと感じました。
雲南には夜市文化もあります。暗くなると通りには多くの屋台が並び、羊肉の串焼きや麺類、ミルクティーなどを手軽に楽しむことができます。羊肉の串焼きは1本100円ほどです。
市場では英語がほとんど通じず、片言でも中国語でやり取りをした方がスムーズでした。「いくらですか」という簡単な言葉でさえ中国語の方が伝わりやすく、数字も英語や身振り手振りでは通じないことが少なくありません。他の3国では服や日用品も多く売られていましたが、雲南の市場は食品に特化していました。衣類や日用品はオンラインストアや専門店で購入する人も多いことが、その背景にあるのかもしれません
続いて、インド・デリーの市場です。世界一人口の多い国の首都だけあって、人も車も多く、街全体に勢いがあります。
市場で特に印象に残ったのは、同じ商品を扱う店が何軒も並んでいることでした。肉屋が集まる一角、スパイス店が並ぶ通りなど、職種ごとにエリアが分かれています。こうした街並みの背景には、生まれつき身分や職業が決められているジャーティーやカーストというインド固有の社会制度の影響があるとされています。
また、野菜市場では店員の計算の速さにも驚きました。野菜の重さが読み上げられるたびに暗算で値段を計算し、すべての商品の合計まで瞬時に出してしまいます。
インドには、サリーやクルティーといった、伝統衣装を着ている人が多くいます。特に女性だと、ほとんどの人が日常的に着ているくらいです。そのため、市場にはそのような伝統衣装の店が立ち並びます。夏は摂氏46度にもなるため、上質なインド綿でできた服のほうが過ごしやすいことや、外国からの輸入品に対する関税が高いことなどが理由にあげられます。
インド市場の最大の特徴は、人との距離の近さです。価格表示はほとんどなく、値段交渉が基本です。商品を見ているだけでも店員に積極的に話しかけられますし、歩いているだけで、バッグや香水を売り歩く人からも次々と声を掛けられます。
また、偽物の商品も数多く売られており、警察が見回りに来る時間になると、店員たちは素早く商品を建物の中へ隠していました。さらに、料理に欠かせないスパイスも種類が非常に豊富で、唐辛子ばかりを扱う通りでは、その刺激でくしゃみをする人が続出していました。4か国の中でも、人との距離が最も近く、エネルギーのある市場だと感じました。
最後に、タイ・チェンライの市場です。タイ北部に位置し、白い寺院で知られる一方、人々の生活が色濃く残る落ち着いた街でもあります。
市場には花や線香など、仏教のお供えに使う品が数多く並んでいました。同じ仏教国であるカンボジアと比べても、その種類や量は豊富です。タイでは出家文化が現在も続いているように、仏教が現在も人々の暮らしに深く根付いていることを感じました。また、日本ではあまり見かけない南国の果物も豊富で、カットフルーツが手頃な価格で売られています。線香とドリアンの匂いが忘れられない市場でした。
「微笑みの国」と呼ばれている通り、市場では多くの店主が笑顔で挨拶をしてくれます。商品を見るだけで買わなければ、「安くするから買え」と言われることがインドやカンボジアでは多いのですが、タイではほとんど耳にしません。
タイのナイトマーケットは印象的です。土曜や日曜の夜になると道路は歩行者天国となり、何百メートルにもわたって食べ物や雑貨を売る露店が並びます。広場には大きなステージが設けられ、地元の人の歌声に合わせて多くの人が踊っていました。机や椅子も並べられ、人々は買った料理を囲みながら思い思いの時間を過ごしています。日本の夏祭りを思わせるような雰囲気で、家族や恋人、友人同士が自然と集まり、地域の人々の憩いの場にもなっていました。
4つの市場を歩いて感じるのは、その国の文化や社会、衣食住を映し出す鏡だということです。売られているものだけでなく、商品の並べ方や匂い、人々のやり取りにも、その土地ならではの歴史や価値観が表れています。特に、匂いは社会や文化を表すと言われています。香辛料や生ものだけでなく、汗やほこりなど、市場にはたくさんの匂いがあります。
一方で、4つの市場には共通点もありました。それは、どの市場も単なる買い物の場ではなく、人々が集い、会話を交わし、暮らしを支える、地域の中心であったことです。海外旅行へ行く機会があれば、有名な観光地だけでなく、ぜひローカルマーケットにも足を運び、五感を使って社会や文化を感じてみてください。ほかでは見えない、日常の暮らしや空気を感じられるはずです。



