6月23日の「慰霊の日」を前に、沖縄県庁前でハンガーストライキを続ける人の姿があった。遺骨収集ボランティア団体「ガマフヤー」代表の具志堅隆松さん(72)だ。
具志堅さんは、40年以上にわたり、沖縄戦犠牲者の遺骨収集を続けている。「遺骨を遺族のもとへ返したい」。その一心で、活動を続けてきた。現在は東日本大震災で津波の犠牲者がいる福島県大熊町や、水没事故で183人が犠牲となった山口県の長生炭鉱でも遺骨の捜索に携わっている。
具志堅さんの政府への要求は二つ。「高市首相の沖縄全戦没者追悼式参加の拒否」と「沖縄本島南部の土砂を辺野古埋め立てに使わないこと」だ。6月16日には遺族らと共に国会内で政府交渉を行った。だが、要求は聞き入れられず、ハンガーストライキに踏み切った。
2016年、「戦没者の遺骨収集の推進に関する法律」が全会一致で成立した。この法律により、遺骨収集は「国の責務」として位置づけられた。それまでは、収容した遺骨を国立戦没者墓苑に納めることが目的とされていた。新法では、DNA鑑定などを用いて遺族のもとへ返すことまでが「遺骨収集」の定義に含まれるようになった。
何十年もふるさとに帰れなかった遺骨を、ようやく家族の手に返すことができる。具志堅さんはこの法律の成立をもって、自身の活動の目的の一つが叶ったと感じていたという。
しかし、法律が成立したのとほぼ同じ時期、防衛省はある方針を打ち出した。沖縄戦の激戦地であり、今も多くの遺骨が眠るとみられる沖縄本島南部の土砂を、辺野古での米軍基地建設の埋め立てに使う計画だ。
具志堅さんが収集を続けている場所の土砂が使われれば、遺骨は海に消えてしまう。「冗談じゃない」という思いから始まった抗議運動は、宗教者の会や遺族会など多くの支援団体を巻き込みながら広がってきた。
「いつまでも謝る必要がある」
2015年の戦後70年談話で、安倍晋三元首相は、「あの戦争に関わりのない将来世代に謝罪を続けさせる宿命を負わせてはならない」と述べた。これに対し、具志堅さんは「いつまでも謝る必要がある。それだけ日本はひどいことをしたんだ」と言い切る。
また、慰安婦や強制連行といった加害の歴史について、日本の若者に「目をそらさず直視してほしい」と語りかける。加害の事実を伝えることが「自虐的」と批判される風潮に対しても、こう反論する。「これは自虐じゃないんです。過去の事実なんですよ」
加害の事実から目を背けないこと。それが、私たちが同じ過ちを繰り返さないための、最初の一歩になるのではないだろうか。
