発達障害者の自殺から、社会について思うこと

気になる記事がある。7月21日付の毎日新聞「となりの発達障害 京大生の息子はなぜ自死したのか 発達障害疑い大学に相談も」では、発達障害の疑いがあった男性について書かれている。幼い頃から発想力や集中力など突出した能力を見せ、京大入試の点数は合格者平均を大きく上回るなど、高い学力や知能を持っていたという。しかし、中学の頃から提出物に苦労し、大学に入ると「単位が取れない」「どうしてもリポートが出せない」といった壁に直面した。発達障害の疑いを自他共に持ち、「地元にいた時から、周囲と自分はどこか違うと感じてきた。大学を出ても働ける気がしない」「俺は普通になりたかったよ」などと語った一か月後に、男性は自死した。

聡明な人間が、学びを深める場であるはずの大学において、システムに殺される。2025年11月26日毎日新聞「単位が取れないのはなぜ? 大学で知能検査、初めて知った自分」においても、同様に発達障害を抱えた状態での単位取得の困難さが指摘されている。もちろん大学において、単位や卒業にはある程度の努力が求められるべきだ。しかし、こうして発達障害特有の苦しみが明らかになりつつある今、それらを本人の怠惰や欠陥と一蹴し、大学のシステムを「正しく努力している人に正しい成績を付与するための正しい装置」として支持し続けることには、限界があるように思う。

入学試験で高得点を出すような生徒ならば、その大学の単位は容易に取れるのではと思う人は多いだろう。しかし、実際には、勉学には励んでいるが、単位が取れない学生は私の周りにも少なからず存在する。これには、単位取得システムの特有さ、特にコロナ禍以降の管理強化が関与している。

大学の単位取得の要件は教員によって異なることが少なくないが、基本的には毎回の出席点や課題、そして学期末の試験やレポートを組み合わせ、その授業における採点基準で60点を超えれば単位が認められる。そして、大抵の場合はコンスタントに出席して課題を提出する、いわゆる「平常点」が重んじられるほか、15回の授業の中で5回欠席すると即座に落第という決まりが多く見られる。つまり、単位取得においては、授業を通して得た議論の深さや知識量よりも、「毎週同じルーティンで出席と課題提出ができるか」という、学期全体を通した生活管理が求められる点に特徴がある。

筆者自身も、大学に行けば好きなだけ論文や文献を読み、好きなだけ学問に触れていられるのかと夢見ていたことがあったが、実際はアカデミックな議論を深める講義は少なく、多くの場で「生活のルーティンを崩さず、課題を即座に遂行できるか」という反射神経が求められることを知り、驚いた。

知人や筆者自身の親世代に話を聞くと、「以前の大学はもっと緩かった」という。聴講は自由、出席管理も今ほど厳しくなく、毎回の課題提出で60点以下か否かが決まる形ではなかったそうだ。新型コロナウイルスで世界的なパンデミックとなった2020年に私は高校生だったが、Classroomなどを使ったオンライン授業の導入で一気に採点方法が厳格になったと感じている。コロナ禍を経て、大学のシステムも極めて管理的になった結果、かつては包括されていたはずの人々が、大学や社会から弾き出されているとは考えられないだろうか。

今、発達障害のある大学生が増えている。日本学生支援機構によると、24年度に大学、短大、高等専門学校に在籍し発達障害のある学生は1万4666人と、10年前の約5倍に増加した。大学生に限らず、発達障害を持つ人の数が増えているのは、昔に比べて多くの人が診断や支援に繋がっていることが一番の理由とされるが、同時に、社会の体制にも問題があるのではないだろうか。誰かが「自分はもしや発達障害なのでは」と不安に思う時、当人を追い込んでいるのは技術革新で発展した過剰な管理システムではないだろうか。技術の進歩により生まれたひずみを確実に正す、更なる技術や福祉が求められる。

先日、「虐殺器官」という本を読んだ。07年発表のSF小説だ。当時は、01年のアメリカ同時多発テロの衝撃で、世界中でテロへの不安が加速していた。小説では、世界は「テロ対策」を銘打って完璧な管理社会へと移行し、人々は体内に組み込まれたIDタグで、いつどこで何をしたかといった全ての行動がオープンソースに記録されている。これはフィクションにすぎない。とはいえ、今の大学をはじめとした社会のオンライン管理システムには、これに近しい窮屈さを感じる時もある。

全ての課題は何時何分に提出されたかが記録され、1秒でも遅れると失格となる。全ての行動が可視化され、1点ずつ加算される成績を積み重ねて卒業に向かう。それでもなお、学生の出席偽装やAIの不正使用を撲滅するため、より厳しい監視で臨む教授もいる。そのうち出席登録には指紋が用いられ、論文を執筆する様子は常に映像に収められるかもしれない。こうなってしまえば、前に述べた発達障害などの学生はますます社会的に圧迫、抹消されてしまうだろう。

我々は歴史の授業で、障害者迫害の歴史を学んできた。かつては有利でさえあったかもしれない特性も、文明の変化によって人権剥奪の対象となった。日本では1948年から96年まで優生保護法が存在し、戦後の食料不足への危機感を背景に、障害者らに強制的に不妊手術ができると規定された。ナチスでは、ユダヤ人大量虐殺の前兆であった「T4作戦」にて、障害者は「生きる価値なし」とされ、ガス室に送り込まれた。

障害者が人としての扱いから排除されて人権を剥奪され、そして生きられていたはずの命が潰えてしまうことは、決して戦時だけの話ではない。障害者施設「津久井やまゆり園」で元職員の男が入所者ら45人を殺傷した事件から7月26日で10年が経った。殺傷の張本人である植松死刑囚には、「重度障害者は不幸を作る」という歪んだ思い込みがあった。今後、障害を抱えた人が自殺、ドロップアウト、さらには他殺など、追い込まれた末の社会による間接的な排除に陥ることなく、いかなる形においても「殺されない」社会へと進むことを願う。

読売新聞デジタル

2024年7月3日 旧優生保護法「違憲」、強制不妊で国に賠償命令…最高裁が「除斥期間」不適用で統一判断https://www.yomiuri.co.jp/national/20240703-OYT1T50180/

毎日新聞デジタル

2025年11月26日 単位が取れないのはなぜ? 大学で知能検査、初めて知った「自分」

https://mainichi.jp/articles/20251124/k00/00m/040/160000c

2026年7月21日 京大生の息子はなぜ自死したのか 発達障害疑い大学に相談も

https://mainichi.jp/articles/20260713/k00/00m/040/263000c

2026年7月25日「彼は変わっていない」 知人が語る植松死刑囚の今 相模原殺傷

https://mainichi.jp/articles/20260725/k00/00m/040/036000c

NHKアーカイブス 障碍者と戦争 https://www.nhk.or.jp/archives/sensou/special/shougai/03/

Ludovico Saint Amour di Chanaz Ph.D. Brain Curiosities The Hunter-Gatherer ADHD Brain Was ADHD an advantage in a pre-historic environment?(Psychology Today) https://www.psychologytoday.com/us/blog/brain-curiosities/202502/the-hunter-gatherer-brain-of-adhd