【特集】緊迫の軍事境界線に行ってみた

  一触即発、まさにそんな情勢が続いています。米と北の激しい応酬が繰り広げられている朝鮮半島。今日は情勢が深刻化する直前の四月上旬に足を運んだ、軍事境界線の様子についてお伝えします。

 韓国と北朝鮮の軍事境界線上にある板門店は、朝鮮半島中間部に位置します。朝鮮戦争は日本の植民地から解放されて南北にそれぞれ国ができた後、1950年に北朝鮮が攻撃を仕掛けて大規模な戦争に発展しました。当初は北が有利に戦いを進めますが、韓国側に国連軍が付き攻勢に転ずると、今度は中国が北を支援して押し戻し、38度線付近での膠着状態が続きました。板門店は1953年に休戦協定が結ばれたまさにその現場であり、その後も両国の会議の場として使用されています。

 個人で板門店を訪れることは不可能のため、ツアーを申し込みました。当日の朝起きると、北朝鮮のミサイルが発射されたというニュースが飛び込んできました。ちょっぴり不安な気持ちにかられながらもツアーを出発。ソウルからバスで一時間ほどの、板門店がある坡州市に向かいました。道中の車窓からは、北朝鮮のはげ山や高層アパートのような建物も見えます。まずは韓国人が自由に行き来できる、最も北朝鮮寄りの場所「臨津閣」を訪れました。爆破された蒸気機関車の展示や平和を祈る鐘閣などがあり、公園は平和と統一の象徴とされています。戦争のむごさや、ある日突然日常を奪われた悲劇を実感させられました。

 「自由の橋」現在は渡れませんが橋の先は北朝鮮へとつながっています 元は一つの国だったことを感じさせる景色です


「自由の橋」現在は渡れませんが橋のずっと先は北朝鮮へとつながっています
元は一つの国だったことを実感させられる景色です

 

北朝鮮に家族を残した韓国の人々によるメッセージであふれています

北朝鮮に家族を残した韓国の人々によるメッセージであふれています

 次に板門店がある非武装地域(JSA)に入るための統一大橋を通りました。JSAは現在、南の国連軍と北の北朝鮮軍によって分割警備されています。まず驚いたのは道路にいくつもの障害物があること。バスはそれをよけて、くねくねと曲がりながら進みます。北朝鮮軍が襲撃してきたときに、すぐには進めないように作られているそうです。さらにここからは様々な制約がありました。パスポートチェックは韓国兵と国連兵の身分の米国兵によって二度行われます。「敵の挑発による被害の補償は致しません」という誓約書を見たときはひやりとしましたが、署名をし、国連のゲストとしてバッジをもらいました。このほかにも服装や持ち物の指定や、写真撮影の規制があり、国連軍の兵隊から何度も注意を受けます。メモの紙やペンなどさえも凶器になる可能性があるとの理由から持ち込み禁止です。昨年、北朝鮮からの亡命を防ぐために地雷が埋められたという道の近くも通りました。おのずと目に見えない恐怖感に襲われました。

 そしてついにやってきました。バスを降りて韓国の「自由の家」を通り抜けると軍事停戦委員会本会議場と北朝鮮の「板門閣」が目の前に広がります。北朝鮮兵が「板門閣」の前に立っているのが見え、本会議場内とその周辺では微動さえしない韓国兵が警備にあたっています。にらみつけて威嚇行為ととらえられないよう、韓国兵のみサングラスをかけているそうです。境界線付近では、冷たく、ピリピリと張りつめた緊張感が流れていました。さっきまで和やかに話していたツアー客もここでは口を閉じ、静かで厳かな空間が生まれます。今なお朝鮮戦争が終わっていないこと、あくまでも休戦中であることを思い知らされました。

韓国側から見た軍事停戦委員会本会議と北朝鮮の「板門閣」

韓国側から見た軍事停戦委員会本会議と北朝鮮の「板門閣」

「板門閣」の建物内に北朝鮮兵の姿が見えます

「板門閣」の建物の前に北朝鮮兵の姿が見えます

 そして、最後に青の建物、軍事停戦委員会本会議場の中に5分ほど入ることができました。ここでは手前半分が韓国領、奥半分が北朝鮮領。一瞬とはいえ北朝鮮領に入ったときは、何とも言えない不思議な思いにとらわれました。本会議場の外に出るとハングルの音楽が聞こえてきました。北朝鮮の宣伝ラジオです。「北朝鮮は幸せの国」といった趣旨のものがよくかかっているとガイドさんが教えてくれました。

休戦協定や階段が行われたテーブル  国連の旗が置かれています

休戦協定や会談が行われたテーブル 
国連の旗が置かれています

 

軍事停戦委員会本会議場の窓から撮影したもの 真ん中の低い壁が境界線 砂利側が韓国、砂地側が北朝鮮

軍事停戦委員会本会議場の窓から撮影したもの
真ん中の低い壁が境界線 砂利側が韓国、砂地側が北朝鮮

 板門店にいた時間はほんの少しですが、平和ボケしている日本人にとって、戦争について考えさせられる刺激的な経験でした。板門店は朝鮮半島の分断の悲しみを象徴する場であるとともに、対話の窓口でもあるといえます。今回のツアーに参加し、朝鮮半島が米ソ中などの他国に翻弄されてきたという歴史と、隣り合う北朝鮮と韓国にいつでも軍事衝突が起こりかねないという現実を知りました。ツアーの帰り、ガイドさんに南北統一を望むかどうか質問したところ、「統一できたとしても、今のままでも、いろいろな問題があります。それでも同じ民族だから、難しいけれど南北統一する日が来ることを望んでいます」。そう強く語りかけてくれました。緊張が続く朝鮮半島。今後もその行方を注意深く見守っていきたいと思います