【特集】「遊びたい」を叶える型破りな授業に いま体育に必要なのは

「型破りな感じですね。でも絶対こっちの方が楽しいです」

そう言う小学校の先生の視線の先には、思い切り体を動かして遊ぶ子どもたち。「体育の授業」で見るべき光景は、こういうものなのかもしれない。

 

■子どもたちは遊びたい

授業が始まってすぐに、「じゃんけんをします!最初はグー、じゃんけんぽん!」。子どもたちもノリノリでついてくる。じっと座って先生の話を聞く時間は最小限だ。真似してね、これがグー!とテンポ良くルール説明がされ、からだ全体を使ったじゃんけんが始まり、勝った子たちの「いえーい!」が体育館に響く。間髪入れずに繰り出される面白そうな遊びに惹きつけられた小学2年生たち。マスク越しにも楽しさが伝わってくる。

▲全身を使ったじゃんけん

取材したのは、「ACP(アクティブチャイルドプログラム)」という活動だ。岐阜大学教育学部で保健体育科教育を教える春日晃章(こうしょう)教授と彼の研究室の学生たちが指導にあたる。依頼のあった幼稚園、保育園、小学校を訪れ、子どもたちと運動遊びを実践してきた。年間30回ほど開催しており、今回の会場は多治見市立市之倉小学校だ。

じゃんけんの後は「ランアンドスロー」。体育館の端に散らばったボールを走って取りに行き、フロア中央の線から壁に向かって思い切り投げる。ひたすらこの繰り返しだ。ちょっとうまくいかなくたって、周りのみんなも投げるのに夢中だから見られてもいないし、時間内なら何回だってボールを拾って投げられる。筆者も参加したが、かなり息が上がってしまった。実際に楽しさを体感しようと子どもに混ざっていた教員の皆さんも「足パンパンですよ、明日筋肉痛だ(笑)」とへとへとの様子だ。

▲ランアンドスロー

その後も、魚役が漁師役から逃げて走り回る「魚鬼」、「ん」で終わっても両足がついても負けになる「バランスしりとり」、ビニール袋に空気を入れた即席ボールでラリーを楽しむバレー…と次々に続く。勝って喜び、負けて悔しがり、少し難しいことにチャレンジしてできるようになった子どもたちは、体育館を出る際、口々に「楽しかった!」と元気に教えてくれた。

この日は、4年生、6年生にも続けて体育の授業があった。それぞれに合わせて言葉の使い方やゲームの内容、難易度を変えてはいたが、どの学年の子どもたちも楽しんで参加していた。

▲魚鬼

▲バランスしりとり。一音ずつ軸足を変え、最後の文字でぴたりと止まる。意外とふらふらしてしまう。

▲ビニール袋に空気を入れて結べば、ふわふわボールに早変わり。手や足でバレーのラリーのように楽しめる。

 

■運動不足の子どもたち

高学年の子どもたちには、授業の最後に春日教授から直接メッセージが伝えられた。

「今コロナで、密になるな、外に行っちゃいかん、遊びに行っちゃいかんと言われているけど、そうしていたらみんなの体は、どんどん弱くなっていきます。お日様の下で紫外線を浴びながらしっかりと活動しないと、将来骨がスカスカになって、骨折しやすくなってしまう。だから、なんとかして体を動かしてほしい。」

ビニール袋を使ったバレーは、球技が苦手な子に優しいだけでない。家にあるもので簡単にできる遊びだから、運動が身近になるのだ。「心臓がドキドキして息が上がることを、頑張って1日3回取り入れてください」と訴えた。

授業後、保健の目標「外で遊びましょう」をどう達成しようか悩んでいる養護教諭の方が、春日教授の元に相談に来た。

「室内だと、近くに他の子や壁が見えてしまうので、早めに速度を落としてしまい、全力で遊べなくなってしまう。できればやはり外の方が良い。高学年になってきて外に出るのが嫌な子には、『太りにくい身体、美しい身体になりたかったら、適度な筋肉がないと』とボディメイクに訴えかけてみるのも良いのでは」

本来は低学年の時から遊び癖をつけておくと良いんだけどね、とも言う。

 

■いま、体育の授業で必要なのは

「でも、中2、中3くらいである程度発育期が止まってきたら、必ずしも外で遊ぶ必要はない。一番大事なのは『スポーツやって楽しかったな』というイメージ。将来仕事を始めてから、運動しようと思えるような、生涯スポーツにつながる体育科教育になるのが良い。だから、今日みたいな遊びを、体育の導入に取り入れてもらえれば」

最近は家に帰ってからも、習い事やゲームなどで忙しい子どもが多く、なかなか外では遊ばない。学校でも、整列させたり、背筋を伸ばして座らせたり。体育の授業では、「評価」をしなくてはいけないからと動きを細かく分けて教え、技術的な要素が多くなってしまう。結果として、わいわいキャッキャとする「楽しい」時間が少なくなる。ICTの活用が盛んになってからは、さらにじっとする時間が増えるかもしれない、と春日教授は危惧する。

少子化の中でも三間(仲間・時間・空間)が揃うのは体育の時間だけだ。ぜひ、体を動かして楽しいと思える時間をたくさん取り入れてほしい、と訴えた。

 

■取材を終えて

授業中、にこにこと子どもたちを見ていた校長先生は「体を動かすことを積極的に取り入れたことで、落ち着いて授業を受けられるようになったんですよ」と教えてくれた。発散する場面がないと、エネルギーの有り余る子どもは暴れるようなことも多くなるという。

▲ACPを依頼した校長先生(右)も、子どもたちと一緒に遊ぶ。

知らなかった。学校の体育科教育ってこんなに大事だったのか。学校といえば「勉強」や「仲間づくり」のイメージが強かった。でも確かに、教育の基本原理である「知・徳・体」では、「健康や体力」が重要な柱の一つだ。子どもたちがこれから逞しく生きていくために、一生共にする自らの体と向き合うためには、必要不可欠な要素だろう。

以前のあらたにすで取り上げた、ドッジボールが「恐怖の時間」である投稿主のことを思い出した。彼女は、運動にネガティブなイメージを抱いてしまっているのだろうか。そんな子どもが少しでも減るような体育の時間が、広がっていくことを願う。