【特集】住民の不安 リニア新幹線の工事現場から

2027年に品川―名古屋間の開業を目指すリニア中央新幹線。本線の8割以上の区間がトンネルになる予定です。今月上旬、作業用トンネルの掘削が進む長野県大鹿村に行ってきました。「大鹿歌舞伎」で知られる村で、赤石岳の登山口でもあります。

  (写真:右を流れるのは小渋川)

「この景色をよく覚えておいてください。次に訪れた時には同じものは見られないかもしれません」

村内の工事現場を案内してくれた、「大鹿の100年先を育む会」の前島久美さんは言います。新幹線の3倍の電力を要すると言われるリニアのために、村内には変電施設や鉄塔が建てられます。この写真の中央奥に、その鉄塔と送電線が顔を出すことになるのだそうです。

事故発生時に備えて脱出口も整備されます。都市部ではエレベーターが設置されますが、山間部ではその計画はありません。暗い地下を何キロも歩くことになる可能性もある上、周辺は山です。「リニアに乗る時は登山スタイルで、と言っています」という前島さんの言葉は冗談ではありません。とりわけ、高齢者や子ども、障がい者には大きな負担になります。

(写真:大鹿村上蔵(わぞ)の作業用トンネル坑口「小渋川非常口」付近。黒い防音扉で覆われている)

発生する建設残土のうち、大半の処分先が決まっていないことも大きな課題です。環境や景観の破壊、立ち退きなど、住民の生活に直結する問題が山積しています。村の住民の意見はどうなっているのか尋ねると、「反対派は2、3割で、残りの7割は今から意見しても変わらない、とあきらめている」とのことでした。

静岡の工区では、トンネルに湧水が流入することで大井川の流量が減少する恐れがあることがわかり、未着工の状態が続いています。前島さんは「大鹿だけが反対してもしょうがない、と着工に同意した村だけれど、県内では着工の見通しがついていない地域もある。これでは大鹿村だけに工事のしわ寄せがくるのでは」と不安そうに話していました。

(写真:リニア反対の立看板)

過去の事例を見ても、公共工事では、賛成か反対かの議論は平行線をたどってきました。中央新幹線ができることで、移動が楽になる人ももちろんいます。経済の活性化にもつながることでしょう。ですが、反対派が反対し続ける理由にも誠実に向き合うべきです。「なんでも反対する人はいる」と、実情を知ることを怠ってはいないでしょうか。JR東海は説明会を開いて質問や意見を聞く機会を設けていますが、答えが答えになっていないこともあるようです。意見がかみ合わない、調整がうまくいかないという時にも、事業を進める者側には住民の不安に耳を傾け、根気強く説明を続けてほしいものです。

当初は事業費をJR東海が全額負担するとされていましたが、途中で国から約3兆円の資金援助をしてもらうことに。未着工の工区もあることを考えると、事業費の増額もありえます。そのツケが国、そして国民に回されることはないのでしょうか。今回は反対の声を大きく取り上げましたが、開業を期待している人々の話も聞かなければと思っています。そもそもリニアの意義とは何か、という大前提も含め、活発な議論が求められます。

参考記事: 25日付 朝日新聞夕刊(東京4版)8面(社会)「はやく見たい、リニア新幹線 品川駅工事を初公開」