売る本、貸す本、損する人、得する人

 社会人のみなさん、学校を卒業してから、最後に図書館を使ったのはいつですか?
 
 わたしは大学生という立場上、図書館がないと生活しては行けません。特に大学図書館は、一般の書店ではなかなか取り扱っていない専門書や洋書が集められており、レポートや研究をする上では欠かせないものです。

 洋書や専門書が豊富である、というのは大学図書館の特徴です。図書館にも、その地域や環境に合わせたニーズがあるためです。もちろん、利用者を増やすことが主たる目的です。

 しかし昨今、これが図書館界だけでなく、出版業界も巻き込んだ大きな問題となっていることをご存じでしょうか。

 先月、文芸春秋の松井清人社長が、公立図書館に対して「文庫本の貸し出し中止」を訴えました。「出版物の売り上げ減と図書館は無関係ではない」というのが松井氏の見解です。
 一見不可解な要求ですが、実は昨今の図書館の文庫本の大量購入、貸し出しが書店での売り上げに大きく関わっているのです。

 例えば、最近ではハリー・ポッターの最新巻。発売と同時に複数購入し、陳列した際には多くの人が押し寄せ、予約も殺到したという公立図書館も多かったそう。確かに、少し待てば確実に無料で本が読めるのですから、利用者からしてみれば使わない手はありません。

 大量購入といっても、図書館が買うベストセラー本は5冊程度でしょう?と思われるかもしれません。

 けれど計算すると、大変なことに。
 1500円の本を図書館で5冊買ったとすると、7500円の売り上げになります。しかしこの本を10人借りたとするならば、本来書店や出版社にはいるはずだったのは15000円。書店、出版社側に入るはずだった半分の収入が消えてしまいます。全国の図書館が同じことをしたとすると…。売り手側からしたらたまったものではないでしょう。

 一方で図書館側にも、利用者のニーズを本棚に反映させたいという狙いがあります。利用者が求める情報を無償で提供するのが公共図書館の基本理念ですから、売れる本を貸すな、と要求されても素直に「はい」とは言えません。

 とはいっても、出版社が立ち行かなくなれば図書館も共倒れです。
 対策として、欧州で取り入れられている「公債権」の採用も挙げられています。公共図書館の貸し出しによって著作者や出版社、書店が損をしているとして、国の資金から補償をするというもの。
 ですがこの制度を採用するに当たって、当の文化庁は2002年に採用の見送りを決定。残念ながら、いまだ導入されるに至っていません。公共図書館に当てられる費用も減少傾向にあります。

 無料でさまざまな情報を提供するという可能性を秘めた図書館と、先行きが危ぶまれる出版業界。共存が難しくなる一方で、図書館側は出版業界と共倒れのリスクを背負ってもいる。
 わたしはこれを、本そのものの存在を左右する危機的状況だととらえています。今回この記事を取り上げた目的は、皆さんにこの事実を知ってほしいという気持ちが強いからです。

 個人的には、本はなるべく買ってほしい。けれども図書館も使ってほしい。そして何より、あなたの手元にある本の向こうには、その本を作ったたくさんの人々がいるということを知ってほしいです。

参考記事:
23日付 朝日新聞朝刊(大阪10版) 35面(文化・文芸) 「図書館と出版業界 共存の道は」