夢の9秒台 その先へ

9日に行われた日本学生選手権100メートル決勝。桐生祥秀選手(東洋大)と多田修平選手(関学大)の一騎打ちといわれたレースは、多田選手がスタートで抜けだすと、桐生選手が中盤から伸びを見せ後半に抜き去りフィニッシュ。掲示板に998の数字が映し出されると、体全体で喜びを爆発させました。長年出そうで出なかった、9秒台。伊藤浩司選手が19年前にたたき出した1000の記録を塗り替え、ついに10秒の壁を破りました。あだ名が「ジェット桐生」だったという記事を読んで、思わずクスッと笑ってしまいましたが。

思うようにいかないとき、泣く僕を周りの人が励ましてくれた。でも今日は僕が笑顔でみんなが泣いて。それがうれしい。

試合後に口にした、周りの人たちへの感謝のことばが心に響きました。大きい重圧と、長年戦ってきたのでしょう。高校時代に1001をマークして脚光を浴びてからは、日本の陸上短距離界を背負ってきました。大学入学後は東洋大の土江コーチと衝突したり、世界陸上の100メートルでメンバー漏れを経験して失意に沈んだりしたこともあったようです。今大会は足の故障を抱えていたものの、土江コーチが「桐生は100メートルを魂で走る」と評すように、「タイムでしか恩返しできない」という確固たる思いが原動力になったのかもしれません。母校のユニフォームを着て走る最後の試合で、見事に大記録を打ち立てる精神力の強さを感じました。

 

筆者も中学の頃、陸上部に所属し短距離に取り組んでいました。比べるのは恐れ多いですが、0.01秒差で予選落ちを経験したり、たった0.02秒あるいは0.03秒自己ベストを更新しただけで飛び上がって喜んだりした記憶があります。100メートル走というと競技場やテレビで見れば一瞬のように思えますが、天候や風に左右されながら100分の1秒、もしくはそれより小さい差で勝負が決まるところがこの競技の難しさであり、醍醐味だと思います。

 

桐生選手の笑顔を見て胸が熱くなると同時に、思い浮かんだのは「9秒台を出したい」と闘志を燃やしていたライバルたちの姿です。多くの選手が10秒台前半のベストを持つ群雄割拠の時代。先を越された選手たちは、きっと悔しい気持ちをかみしめているに違いありません。新しい記録が生まれる日も、そう遠くないでしょう。東京五輪では、トラックを9秒台で駆け抜ける日本選手が複数現れるのでは。そう思うだけでなんだかわくわくしてきます。

 

 

910日付 各紙「桐生 998 日本人初9秒台」関連面