伝えたい、伝え続けたい 大槌のこと

 世の中の動きを知る。新しい知識や考えに触れる。新聞を読むことで、得られる情報は計り知れません。私が考える新聞のもう一つの醍醐味は、様々なひとに出会えることです。各紙の一面をチェックした後は、朝日新聞の「ひと」欄や読売新聞の「顔」欄のコラムを読むのを楽しみにしています。

 今朝の「ひと」欄は、東日本大震災以来、被災地で町民のための新聞を制作している菊池由貴子さんに焦点を当てています。震災で人口の約1割が犠牲になった岩手県大槌町で、取材から編集、経理に至るまですべてを一人でこなし、「大槌新聞」を発行し続けてきました。被災時に地元の被害状況や支援の情報が届かず、「町民に必要な情報は町民が知らせなければ」という思いを抱いたのが出発点だそうです。

 現在まで紆余曲折がありました。簡潔な表現がわかりやすいと評判になり、全戸無料配布を始めましたが、昨年国の助成金が打ち切られ、自立のために有料化。部数の激減による経営難に陥り、また持病を抱える中でも、「この新聞は必要だ」という強い覚悟のもと、毎週欠かさず大槌町の今を伝え続けています。

 「どんな紙面なんだろう」と記事を読んで興味を持ち、少し古いものでしたが昨年の1~3月の新聞を国会図書館で見ました。驚いたのは、子供からお年寄りまで読めるレイアウトの工夫です。ビー玉ほどの大きさの文字が並び、加えて大きい写真や図、表を盛り込んでいて非常に見やすくなっています。取り上げられていたテーマは、定例議会の質疑応答や震災検証に取り組む町長の決意、公営住宅の説明会など、震災から立ち上がるまちづくり関連のものが中心です。甲子園に出場する大槌町出身の高校球児の紹介や地元の農産物直売所がオープンする話題もありました。町の厳しい現実を踏まえて苦悩しながらも、震災に向き合い歩みを進める人々の様子や、まちにある希望に光を当てています。

 大槌町をいいまちにするんだ。そのために、多くの町民が町の情報、現状を知り、考え、行動してほしい。紙面には、菊池さんが抱くふるさとへの愛と「伝えたい」という強い決意が凝縮されているように感じました。外部者ではなく住民の目線から、生活に密接する地域情報をきめ細かく伝える新聞は、まちとひとの、そしてひととひとのつながりを生んでいます。ネット時代が進む現代においても、コミュニティづくりという新聞が果たす役割の可能性と意義を教えてくれたような気がします。

 

参考記事 30日付 朝日新聞朝刊 13版 2面 「ひと 菊池由起子さん 被災地で町民のための新聞を一人で発行して6年目に入る」