最低賃金引き上げの裏側に隠れた罠

「昇給したい!」

アルバイト先での切実な目標である。テストと日々の勤務中の態度で昇給するか否かが決まる。働き始めてから早2年。個人的には頑張っているつもりだがが、昇給したのは一度しかない。同期や後輩が次々と上がっていくのを見て、焦りを感じていた。

先日、昇給につながるテストがあり、自分なりに対策をして臨んだ。だが、1ヶ月以上経った今も結果は知らされていない。そわそわする日々が続いている。

そんなときに、中央最低賃金審議会の小委員会から、最低賃金の引き上げが発表された。「無条件に時給上がるじゃん!」。私の素直な感想だった。あまりにもタイミングが良い。就職活動が本格的に始まって、これまでほどシフトに入れない分、時間当たりの支給額が増えるのはありがたい以外のなんでもない。

もちろん、勤め先でも、時給が上がることへの喜びで持ちきりだった。しかし、そんな中で一人だけさほど興味を示さなかった人がいた。アルバイト自体が好きで、お金は二の次だと考えている後輩だった。働くことが楽しいと、長期休暇のほとんどをアルバイトに費やすほどだ。周囲からは、働きすぎと言われているものの、疲れた様子を見せたことがない。純粋に仕事を楽しんでいる彼は、学生ではあるが、社会人の社員からも尊敬されている。

そんな彼の唯一の欠点は、皮肉にも「働きすぎ」だ。お金を気にせず、楽しさを求めて働きに来るため、月の収入は平均11万円に。その調子で毎月働けば、親の扶養対象から外れてしまう。店長からも扶養の範囲で働くよう指示されていた。しかし、人員不足が続いていた職場は、いつも以上に彼に頼らざるを得なかった。ついに、彼は、扶養の限界を迎えた。まだ1年の半分が過ぎたばかりなのに。

彼のような存在は極めて例外的だが、お金を稼ぎたいから「働きたい」という学生は少なくない。しかし、学生には「扶養控除」の壁が立ちはだかる。親の扶養に入れるのは年収103万円以下。それを超えてしまえば、税金負担が増える。言い換えれば、親に負担をかけずに学生が稼げる額は103万円までということである。時給がどんなにあがっても、この上限額が変わらないことに違和感を覚える。今まで通り働いても、最低賃金の上昇から勤務時間を抑えなければならない人もいるかもしれない。

働くことは、社会に貢献する素敵な営みである。それを楽しめるなら、自分にとっても社会にとってもプラスになるはずだ。大好きなアルバイトを年収という物差しで制限された彼のことを思うと、心が痛い。制度が改善されるときを私は待ち望んでいる。

<参考記事>

2023年7月28日(2023年7月29日 14:29更新)

日本経済新聞デジタル「最低賃金1000円超え 波及へ 『年収の壁』の是正急務」

<参考資料>

タウンワークマガジン「学生バイトにとっての103万円の壁とは?自分の税金、親の扶養の関係を解説」(https://townwork.net/magazine/knowhow/taxes/76136/

最終閲覧:2023/07/29