福岡でのくらし1000日間をふり返って

先日、台所に置いていた食器用洗剤を使い切りました。時代はSDGsなのでボトルは再利用。洗剤を新たに注ぎ込みました。この時、どれだけ補充すればいいのか迷いました。

今までは何も考えずに満タンにしていたのですが、福岡での暮らしも残り4か月。引っ越しの時の手間を考えると、入れすぎには注意しなければ。九州での生活が終わりに近づいていることを実感した瞬間でした。

私は高校3年生まで静岡県で過ごし、大学入学を機に福岡にやってきました。最初はホームシックが酷かったですが、今では福岡がとても好きです。福岡→静岡も、静岡→福岡もどちらの移動も「帰る」です。4年間しか過ごしていないのに強烈な愛着を感じさせるのが、この街のすごさです。

数えてみると、12月3日がちょうど福岡1000泊目のようです。これだけ居れば、少しは街の魅力を語る資格があるような気がします。

いいところだけど、結局何がいいんだろう?「気さくでフレンドリーな人が多い」とよく言われるし、現に私もそう思うけど、周りの福岡人がたまたま当てはまるだけで、実際は違うのかもしれない。街の魅力を語るって案外難しいです。

そこで私は、公共の場での客観的事実に着目しました。多くの人が利用する場であれば、偏りなくさまざまな人が交わるわけだから、福岡人の気質を考える際の材料として使えるではないだろうか。とりわけ、私は鉄道などの公共交通機関に強い関心があるので、主にその側面で福岡を語っていきたいと思います。

福岡空港を離陸直後の窓からの様子。街の中に空港があることが分かる。騒音の問題はあるが、アクセスは抜群(2月7日、SFJ42便、筆者撮影)

九州の玄関口、博多。駅を降りて驚くのは、バスを待つ人の列がないことです。多くの人がバスを待っているのですが、列がつくられることはほとんどありません。なぜなのでしょう。

福岡はバス王国。福岡市は150万人都市でありながら鉄道網が不十分で、その隙間をバスで埋めているのが現状です。そのため、博多駅前や天神などの主要なバス停からは極めて多くの路線が運行されています。鉄道と違ってバスは遅れることが多いので、次に来るバスの行先は誰も予測することができず、ただ、バス停の近くで待っているという状況が生まれます。バスが来たら、「たぶん早くから待っていたであろう人」を優先させながら次々に乗り込んでいきます。福岡より規模が小さい街でもなかなか見られない光景です。

「無法地帯だな」というのが当初の私の感想でした。でも、自分が他の人よりもどれだけ長く待っていたかをあまり気にしない、人々の心のゆとりの表れと感じるようになりました。

 

昨年書いた記事で紹介した通り、私は駅メロが好きです。メロディーだけでなく自動放送にも関心があります。そんな私はJR九州の自動放送にはかなり特色があると感じています。簡単に言えば、非常にハイテンションです。「2番乗り場の列車は、特急ソニック7号、大分行です!」の「大分行です!」の部分は特に声量が大きく、アナウンサーの方の嬉しそうな表情が想像できます。このほか、地下鉄の駅構内では期間限定で音楽が流れており、これも全国的には珍しい取り組みです。聴くと気分が高揚します。

以上の取り組みは、一つの組織に過ぎないJR九州あるいは福岡市のやり方であり、県民性を測る指標としては一見、使えなさそうです。しかし、このような公共交通機関におけるサービスに対しては利用者の意見が反映されることが多く、例えばある都市では「うるさい」や「耳障り」という苦情があって採用が取り消された駅メロも数多く存在します。そのような中で、このようなサービスが続けられているのは、それを歓迎する土壌があるからと考えてよいのではないでしょうか。

「バスを一番最初から待っていた人の権利」、「静かに通勤通学したい人の権利」。これらにも価値があると思いますが、個人主義化を進めすぎると、極めて無機質な街になる副作用は覚悟しておく必要があると思います。バス停で待っていた順番を1秒単位で厳格に判定し、ホームでは警告音しか鳴り響かない街は、少し息苦しい。

 

私は大学でナチスドイツを研究しており、全体主義がもたらす脅威についてはある程度理解しているつもりです。ただ一方で、個人主義化が進んだ高度経済成長期の日本で、都市部に人が集まり、家族以外との関わりが極端に減る一方、団結力の極めて強い宗教に入信して簡単に出られなくなった人がいることも知っています。やはり、バランスが大事だと私は考えます。

毎年7月、福岡ソフトバンクホークスの選手が限定ユニフォームを着てドームを盛り上げる「鷹の祭典」。イベントの期間中、JR職員やデパ地下の店員、さらには三越のライオン像までホークスのユニフォームを身にまといます。そうした一体感に多くの人は居心地のよさを覚えていると私は感じています。福岡は「田舎っぽいおせっかいがほどよい大都会」と言えるのではないでしょうか。

↑ 2020年にソフトバンクホークスが日本シリーズで優勝した際の川端通商店街の様子。祝賀ムード一色(2020年11月20日、筆者撮影)

↑ 冬、博多駅は毎晩イルミネーションが灯される。毎日お祭りのような感じ(2021年12月29日、筆者撮影)

※福岡県は福岡地域、北九州地域、筑後地域、筑豊地域の4つから成っており、本文中での「福岡」は主に福岡地方を指しています。

参考記事:

朝日新聞デジタル 11月15日「人口ずっと右肩上がり福岡市 『住みたい街』の姿はいつ、なぜできた

読売新聞オンライン 5月1日「『鷹の祭典』ユニホーム…原点回帰の白