意外と知らない「駅メロ」の世界

「駅メロ」をご存じだろうか。名前は知らなくても、関東の人は曲を耳にしていると思う。駅メロは発車を知らせるために駅のスピーカーから鳴らされる音楽。7秒ほどと短い。利用者はこれを聴くとそろそろドアが閉まるということを認識して、足早に列車に乗り込む。

流し方は鉄道会社によって異なるが、JR東の場合は、車掌が駅備え付けのボタンを押し、その後発車時刻を見計らって、メロディーを止める。すると自動的に駅のスピーカーから「3番線ドアが閉まります」などというアナウンスが流れるようになっている。

駅メロをどこまで流すかという裁量は車掌が持っている。したがって、例えば列車が遅れているときは、7秒の曲であったとしてもそれが流れ終わる前に止めてしまうこともある。曲の冒頭1秒から2秒で切ってしまうことを、駅メロファンは「即切り」と呼ぶ。また、曲によっては、ピアノのペダルを押したように最後の音が響くタイプのものがあり、この響きが消えるのを待たずにメロディーを止めてしまうことを「余韻切り」と言う。

ファンは、この7秒ほどの楽曲を収録することに躍起になる。「即切り」や「余韻切り」をされても諦めない。ICレコーダーを握りしめながら、次の列車が来るのをじっと待つ。私も、大好きな新宿駅15番線の駅メロ「twilight」を完全な形で録るために、何度山手線を見送ったことか。高校2年の夏のいい思い出だ。

もちろん、収録したものは著作権保護のため、個人で楽しむにとどめなければならない。また、絶対に他の乗客の迷惑にならないよう、収録の時間帯や場所も選ぶ必要がある。常識やルールを守ってこそ、正式なオタクである。ちなみに私は目覚ましのアラーム音に設定していたが、起きる時のネガティブな感情がその曲に染み付いてしまったので、半年前からやめた。

7秒という限られた時間で一つの表現を完結させつつも、利用者への注意を喚起する駅メロ。頻繁に聴く利用者を飽きさせないことも求められる。これらの条件を満たすのは容易ではなく、優れた楽曲は多くの駅で採用される。例えば、新橋駅の4・5番線で使用されている「Gota del Vient」はこのホーム以外にも、荻窪駅3番線、津田沼駅4・5番線、横須賀駅2番線など、105の駅の124ホームで採用されている。

駅メロ制作の巨匠は、塩塚博さんだ。塩塚さんが作曲したJR SHシリーズは圧倒的な人気を誇り、JR東日本の主要駅などで使用されている。例えば、JR東京駅は1番線から6番線まで塩塚さんの楽曲が独占する。ちなみに「SH」は塩塚博さんのイニシャルからきている。JR SHシリーズは「JR SH1」から「JR SH9」まであり、曲調は非常にさまざま。私の経験では大方の人がこの9曲の中で気に入ったものを見つけられると思う。私は「JR SH2」が好きだ。

複数の駅で使われる楽曲がある一方で、一つの駅でしか採用されていないものもある。ご当地メロディーはその好例だ。例えば、「ヱビスビール」のCMソングとして馴染みのある「第三の男」はJR恵比寿駅でのみ聴ける。ご当地メロディーは期間限定で始められることが多いが、好評のために期間を延長することもしょっちゅうだ。東北新幹線の盛岡駅は、岩手を舞台にしたNHKの朝ドラの主題歌「ダイジョウブ」(作曲・小田和正)の使用が今年10月いっぱいまでの予定だったが、継続が決まった。JR我孫子駅5番線の「あびこ市民の歌」も大好評につき延長。ご当地メロディーに対する一定の需要があると言っていいのではないだろうか。

駅メロの起源は定かではないが、JR東は1987年からサービス向上の一環として首都圏の駅に導入。関東の大手私鉄や東京メトロに広がったが、他地域の鉄道事業者は導入に消極的だ。JRの場合、JR東の関東エリアとJR西の大阪環状線、JR東、西、九州の新幹線ホーム以外ではほとんど聴けない。

駅メロを使わない場合、無機質な電子音や電子ベル、もしくは何も音楽は流さずに車掌やホーム上の係員が「ドアが閉まります、ご注意ください」と肉声放送をすることが多い。安全上の支障はないかもしれないが、少しさびしいと思う。

九州に住んでいる私にとって、駅メロは東京の思い出とともにある。メロディーを聴き、その時の情景が思い出すのが楽しい。駅メロが全国に広がってほしいと思う。

 

参考資料:

東日本旅客鉄道株式会社盛岡支社 「JR東日本ニュース」

株式会社スイッチ「音源リスト」

我孫子市「我孫子駅の発車メロディーが令和4年2月末まで延長されました!」