「権力が黙らせる」構図はどこから 顧みる教育現場

朝日新聞の29日付朝刊から始まった連載「沈黙のわけ」。ロシア国内で言論抑圧が強まっているけれど、翻って日本は自由にものが言える社会だろうか。何が自由な表現や言論を委縮させ、沈黙させるのかを探る企画です。

この日紹介されていたのは、28日のあらたにすでも紹介した、2019年の出来事でした。生活困窮者を支援するNPO法人で働いていた男性は、格差が広がる社会で弱い立場の人が切り捨てられるさまを目にし、「怒りの声を直接伝えたい」と政治家の演説会場を訪れました。

JR札幌駅前で演説していた首相(当時)に「安倍やめろ」とヤジを飛ばした。直後、警察官数人に体をつかまれ、50メートルほど後ろに押しやられた。「迷惑だから」「静かに聞いている人もいるから」。警察官はそう口にした。

弁護団によると、演説会場周辺ではこの日、政権を批判するボードを持っていた人ら、男性を含む計10人が警察官に排除されたり、移動を促されたりした。

このニュースを知ったとき、私は二つの意味でぞっとしました。

一つは、自らの権力性を自覚していない警察がいたということに対して。今のロシアの一歩手前の状況が、見えにくいかたちで民主主義を掲げる日本でも起こっていることに、恐ろしさを覚えました。

もう一つは、この演説の状況と、自分の小中学校で当たり前だった「前の人が話をしている時には静かにしなさい」と先生に指導される光景とが重なったことです。当時の警察官の言動に対して、警察官自身やそれを見ていた周りの人々、さらには演説していた政治家が違和感を持たなかったのは、彼らがそれを「当たり前のこと」として教えられてきたからなのでは、と思ったのです。

「前の人が話をしている時は静かに聞く」というのは、「マナー」かもしれません。確かに、多くの人にこういった姿勢がなければ、誰かの訴えが伝えられるのは困難になります。たくさんの人が集まって、それぞれの意見を汲み入れながら民主的に物事を決めていくためには、多くの人が身につけていかなければならない姿勢でしょう。子ども同士の話し合いや、連絡の伝達を円滑に進めるためにも、教員はそれを導き、子どもたちの過ごす時間の質の確保をしなければいけません。

しかし、その指導の方法が、必要以上に権力的になっているのではないか、と思うのです。例えば誰かが前で話したいのに静かでない子に対して「静かにしなさい」「静かにしなければいけません」と叱って押し付けるのと、「あなたに伝えたいことだから聞いてほしい」「聞きたいのに集中できていない子がいるから静かにしてほしい」と、対等なコミュニケーションの一環として伝えるのとでは大きな差があります。子どもだからという理由から、権利が当たり前に制限されてきた私たちです。先ほどの演説会場のように「上の人」が話している中で、「一般市民」だから権利が制限されることに疑問を持ちにくいのではないでしょうか。

人の自由を制限できる力を持った警察がヤジを止めるのではなく、演説者や主催者側が対等な目線で「ぜひ聞いてほしい、訴えは別の形で受け付けるので」とお願いするか、演説を聞いている周囲の人が求めるのが、本来あるべき民主的な姿だったと思います。一方の主張のみを権力で封じることがあってはなりません。

3年前の事件の男性への警察の対応と、集中して人の話を聞く力に乏しい子どもへの教員の対応を比較するのは強引では、と言う反論もあるでしょう。しかし問題なのは、「話を静かに聞いていない人に対して権力を用いて黙らせる」ことです。話を静かに聞かない理由が何であろうと関係ありません。

子どもに対して権力的に振る舞わないためにはどうすれば良いのでしょう。学校で人の話を集中して聞けない子がいるのならば、「聞いてほしい」ということを真摯に伝えた上で「静かにしないのはどうしてなのか」を尋ね、「できるけど、したくないのか」「したいけど、できないのか」を子どもとの対話の中から汲み取ることが必要だと思います。前者なら、一旦その場を離れたうえで話し合い、後者なら、できるようにするための工夫を本人と一緒に考えるのが良いのではないでしょうか。

私も子どもと関わるボランティアをしていて、つい性急に大人という権力を使ってしまいそうになりますが、そこはぐっと堪え、対等に向き合わなければならないと自戒しています。

演説の現場に居合わせて、「マナーを守れないのだから仕方がない」と思うのか、「警察官は絶対にそれをやってはいけない」と思うのか。一人一人の気持ちや、それぞれの表現したいことを大事にする習慣がついていれば、自然と後者のように思うのではないでしょうか。私たちの権利を私たちで守っていくために、権力を持つ者の行動には敏感にならなければなりません。

 

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