「パパ、助けて」留学生の親ねらう誘拐電話

「姉の泣き崩れる音が聞こえて、ただ事じゃないと思った。」

イギリスの大学に通う韓国人留学生のAさん(22)は、1カ月前、誘拐詐欺のターゲットとして名前を使われ、親は身代金を請求された。Aさんは、当時の様子を事細かに語ってくれた。

 

◆事件の経過

「1カ月前、父の携帯にかかってきたのは、僕の以前韓国で使っていた古い電話番号からでした。画面には『〇〇(Aさんの名前)』と表示されていたので、父は何も疑わずに、僕からかかってきたものだと思ったそうです。」

Aさんの父親が電話に出ると、叫ぶような泣き声とともに、「お願い助けて。足が折れている」と哀願する息子の声が聞こえてきた。「どうしたんだ。何があった?」と驚いて尋ねると、「お前の息子はここイギリスにいる。金を今すぐ送れ。さもないと殺す」「いくら送れるんだ」と聞きなれない声の男が韓国語で身代金を要求してきた。

父親の頭の中は真っ白になった。考える時間は1秒たりともなかった。電話を繋いだまま慌てて電車に乗り、銀行に急いだ。電話から聞こえる息子の泣き声。ただならぬ緊張感の中唯一できたのは、Aさんの姉にメッセージを送ることだった。姉は送られてきたメッセージを見て何度も本人と接触しようと試みたが、Aさんは当時大学でのプレゼンテーションを控えていたため連絡にすぐに出ることが出来なかった。

「何件もの不在着信があることに気づいて、姉からの電話に出ました。正直僕たち姉弟は、普段からよく話をするような仲ではないんです。だから、突然電話があったことに驚いたし、何かの冗談かとも思いました。でも電話越しの姉は泣き崩れていて、まともに話せる状態じゃなかった。尋常じゃない泣き方でした。これはただ事ではない。身の毛がよだちました」

「どこにいるの?」という姉の問いかけに対して、「大学にいるよ」と答えるAさん。姉はどうしても信じることが出来なかった。カメラをオンにし、ビデオを送るように求めてきた。家族に送られた動画を見て初めて、Aさんが本当に無事だということを確認した。

家族グループのチャットで息子の身の安全を知った父親は、身代金を送るふりをして警察へと向かった。しかし、相手は何かを感じとったのか、突然電話を切り、連絡は絶たれた。

「警察に行ったけど、何もできませんでした。捕まえるのは、下っ端の連中だけで大もとを捕まえることはできないと言われました」

 

◆誘拐なりすまし電話の手口

「彼らは、とにかく『早く』お金を送らせることに終始していました。さもなければ殺すという脅し文句を使って。もし父に時間があれば、もう少し冷静に対処できていたことでしょう。でも、合理的に考える時間はなかった。僕の名前、電話番号、イギリスに住んでいること、留学していること、全ての情報を知られていたんです。僕の声も、もしかしたら事前に録音されていたのかもしれませんね。

留学に行く前から、親は僕のことを物凄く心配していました。僕だけじゃない。留学生の子供を持つ親ならば、息子が海外で一人暮らしを送ることに対して、皆多少なりとも不安感を持っているはずです。特に親世代は留学の機会を持てた人が少なかったから、欧米に対する危険なイメージがより強いように感じます。そういう人たちを狙ったんです。」

 

◆犯人が捕まらないことに対して

「もちろん怒りを感じます。姉が泣いて電話をかけてくることがあるなんて思ってもみませんでした。人の生命にかかわる話を金銭目的で利用することは決して許されない。そして、犯人が捕まらない限り、これは終わらないのです。詐欺師の手口もより巧妙で新しいものへと進化しています。このような犯罪がはびこらないために、情報漏洩の対策を徹底する必要があります」

Aさんの父親は、これまでにも何度かなりすまし電話を受けたことがあるが、今回のような誘拐の電話は初めてだったという。

 

参考記事:

14日付 日経新聞電子版「ワンタイムパスワードも突破 成功率8割うたう偽電話」

15日付 朝日新聞デジタル「詐欺防止訴えるトイレットペーパー500個、スーパーに いわき南署」