「バカヤロー」にも流儀あり?

 「ヤジは議場の花」と言うけれど、今国会では咲き乱れすぎてはいないだろうか。

 最初に咲いたのは「それなら結婚しなくていい」というヤジ。国民民主党の玉木雄一郎代表が選択的夫婦別姓について質問する際、自民党席からなされた。当初、野党側は発言した議員を確認するよう与党に求めたが、泥仕合を回避するため、与野党間の合意により発言者を特定しないことで終息した。今国会の開会と共に咲いた一輪の花は案外すぐに枯れてしまったのである。

しかし、直後にもう一輪、大きな花が咲いてしまった。安倍晋三首相の「意味のない質問だよ」である。

 このヤジは、12日の衆院予算委員会でのこと。立憲民主党の辻元清美議員の質疑後、首相の自席からなされた。野党は発言の撤回や謝罪がなければ審議に応じない構えを見せた。一方、首相は、ヤジこそ認めたものの、釈明はせずに「罵詈雑言の連続」と辻元議員の質疑自体を批判した。

 何をもって罵詈雑言とするかは人の感性によって異なる。辻元議員の質疑を安倍首相がそう感じたのであれば否定するつもりはない。しかし、辻元議員の質疑が罵詈雑言(筆者はそう思わないが)であったとしても、「意味のない質問だよ」とヤジを飛ばし対抗するのは些か幼稚すぎないか。

かつて、吉田茂元首相は衆院予算委員会で右派社会党の西村栄一議員に「バカヤロー」とヤジを飛ばした。日本史の教科書にも「バカヤロー解散」と記されていることから、元首相は西村議員を批判しただけで、発言に対して一切釈明しなかったイメージがある。そう今日の安倍首相のように。しかし、実際は、西村議員が「ばかやろうとは何事だ。取り消しなさい」と吉田を追及すると、「私の発言は不穏当でありましたから、はっきり取り消します」とすんなりと応じたのであった。「ワンマン宰相」は意外にも潔かったのだ。

 安倍首相も17日衆院予算委員会で「不規則発言」を陳謝したものの、すぐに発言を取り消した吉田元首相と比較したときに潔さは感じられない。

 他にも吉田元首相はヤジではないが、全面講和を主張する東京大学総長の南原繁氏らを名指しして「曲学阿世の徒」と批判した暴言でも有名である。自身はこの発言を暴言とも失言とも思っておらず、訂正、撤回をしなかった。「バカヤロー」発言と正反対の対応だ。この発言の是非はともかくとして、本心から思っていることは堂々と述べ、批判されても一切撤回しない。そのような「ワンマン」吉田の一貫した姿勢は評価に値する気もする。今日の「結婚しなければいい」とヤジを飛ばすだけ飛ばして、雲隠れした議員にはその姿勢を少しは見習ってもらいたい。

参考記事:

14日付朝日新聞朝刊(14版)3面「首相 野党に敵意むき出し」

18日付朝日新聞朝刊(14版)1面「首相反論 ホテルが否定」

19日付朝日新聞朝刊(14版)2面「『桜』答首窮す」

参考資料:

保阪正康『戦後政治家暴言録』中央公論社、2005年