「ぼくらの生まれたときから/とっくに地図は埋まりきっていて/敷き詰められてる建物/避けるみたいに街を歩いてる」。2023年に投稿されたボーカロイド楽曲「ビビビビ」を初めて聞いた時、出だしの強烈で絶望的な歌詞に共感した。街はどこまでも建物で埋め尽くされ、歴史の資料集を開いても莫大な人類の過去で世界は覆われている。当時の筆者は高校を卒業して自由になったはずだったのに、実際は「避けるみたいに街を歩く」ばかりだった。
大学生になった今も、時々窮屈になる。特に、都内を歩いていて感じることの一つが、休む場所の少なさだ。とにかくベンチがない。綺麗に舗装されている石段のようなものもあるが、路上に座る形になるのはマナー上も衛生的にも気が引ける。一人でいても友人といても、「少し座りたい」と感じた時にはカフェなどに入るしかない。それに、テイクアウトの形で飲食物を買う時、大抵の商業施設は飲食物の持ち込みが禁止なので、ゆったり座って食べられる場所がないことにも、いささか困ってしまう。
このような実感と通じ合う声は、SNSや新聞でも見る。SNSでは「東京では休憩するだけで金が飛ぶ」といった不満を度々見かけるほか、24年7月には、東京新聞が23区の「ベンチの少なさ」に関する記事を出している。記事によると、都内のベンチの少なさには、「住宅が密集し、道幅が狭い東京ならではの街路事情が背景にある」そうだ。ただ、住民の声が行政を動かし、設置に乗り出す流れも出ている。同年7月から商店街などの民有地にベンチを設ける際、上限5万円の補助を始めた杉並区の担当者は「住民との意見交換で『買い物途中に座って休めたら』との声があった」と説明している。
以前、比較的大規模な複合商業施設のベンチで、高齢の女性がうずくまっていたことがあった。座ってはいるものの、傍から見ると寝ているようにも見える。警備の人が体調不良を心配して声をかけると、女性は「休んでいて、人を待っているだけなので大丈夫」といった返事をしていた。その声は非常に淡々としており、「この女性にとって、この姿勢で休憩することは日常茶飯事なのだろう」と想像した。筆者自身、あまり体力がある方ではないので、ベンチや机でうずくまるようにして休みたい時がある。すぐに介助が必要というわけではなく、少しの間そうして休んでおけば、体調は戻る。
公共の場において、いかにも体調が悪いような雰囲気を出しながら休むことは、どことなく「周囲の迷惑になる」「変な人と思われてしまう」という不安が強い。そのためその女性の、はつらつとした声の調子で警備の人に対して断りを入れておきながらも、同時に体調が悪そうな姿勢を崩さなかった様子には、軽い衝撃を受けた。街のベンチは、休むために使われるべきだ。それならば、もっと疲れた様子でベンチを含む公共空間を利用してもよいのではないか。
街に出かけると、とにかく動き続けないといけない。ベンチが殆どない都内では、時間を潰すように次から次へと商業施設に入っては出ていくような形になる。外出に疲労はつきものだ。産経新聞は、24年5月に「無料で休憩できる場所は意外なほど少ない。多くの人が集まる空間に、なぜ気軽に休めるスペースがないのか」という記事を出している。「インバウンド(訪日外国人客)や景観、治安などの課題が複合的に絡み合う」と、街の治安維持の問題が指摘されていた。
この企画では渋谷に着目し、新型コロナウイルス禍の収束以降、駅周辺では路上飲酒などが増加したことを踏まえ、渋谷区の担当者の「交通の妨げやゴミの放置、騒音などの問題がある」「仮に休憩場所を設置すれば、さらなる迷惑行為の温床になりかねない」という声が紹介されている。ただ、渋谷のベンチの少なさはコロナ禍よりもかなり前から続く話のようだ。前回取り上げた「路上、お邪魔ですか」展が開かれている松濤美術館が渋谷区立であったのも偶然とは思えない気がする。
この記事が紹介している京王電鉄井の頭線渋谷駅の西口にある『ウェーヴの広場』は象徴的だ。周囲は鎖で囲われ、無数の突起物がせり出している。東北大の五十嵐太郎教授(建築史)は、こうした構造物が日本に登場したのは1990年代。背景にはセキュリティー意識の増大と自己責任論の肥大化があり、結局はみんなが不便になっている、と指摘していた。
街全体に広がる、「セキュリティー意識の増大と自己責任論の肥大化」。言われてみれば、路上の休憩しにくさと表裏一体なのかもしれない。
参考記事・URL
東京新聞デジタル 2024年7月22日
「街中にベンチ、もっとあったら」…東京ではなかなか見当たらない?その理由を23区に聞いてみた<ニュースあなた発>
https://www.tokyo-np.co.jp/article/341556
産経新聞デジタル 2024年5月4日
ベンチ少なく、訪日客あふれカフェ満員… 休む場所ない東京都心の休日、解消策は
https://www.sankei.com/article/20240504-QO4L5ERS3RKMZP6HUVDUZRDQJQ/
渋谷区立松濤美術館 路上、お邪魔ですか?
https://shoto-museum.jp/exhibitions/213rojo/
