【熊本地震】熊本城、再び修復の現場へ 「守る」ために「変える」

10月28日、令和8年熊本地震の発生から3か月を迎えた。いまだに水不足が懸念され、通常の生活が困難な地域もある(熊本地震の概要はこちらから)。一方で、着実に復興への歩みも進んでいる。

被災した数多くの文化財では修復に向けた取り組みが進められている。復興のシンボルとして県民に愛される熊本城もその一つだ。しかし、現場では、単に元の姿に戻すだけではない、文化財ならではの制約に直面していた。

 

■修復の進む熊本城

筆者は修復作業の進む熊本城を訪れた。ブルーシートに覆われた外壁、コンクリートで一時的に固められた石垣。熊本城の損壊一つ一つが、今回の地震の激しさを物語っていた。

(2026年10月26日筆者撮影 熊本市中央区、崩れ落ちた熊本城の石垣)

城のある熊本市中央区では7月28日、震度5強の揺れが観測され、石垣の40か所に崩落や変形が確認された。天守閣の床面に段差が生じたり、土壁に亀裂が入ったりするなど、建物の被害は計11か所。地割れや倒木なども確認されている。

地震発生の約2か月後、石垣の修復作業が始まった。崩落した石材一つ一つに番号を付けて場所を記録し、クレーンでトラックに積み込む。石材は重いもので1トンに及ぶ。その後、再び積み上げて石垣の復旧を目指すが、回収だけで2~3年程度を要するという。

 

■10年前の爪痕と耐震化

熊本城には10年前の地震による被害と復旧の歴史も刻まれている。熊本県で2016年4月、2度にわたる大きな地震が発生した。1回目の地震はマグニチュード6.5、2回目は7.3。熊本県熊本地方を震源地とする、最大震度7の巨大地震だった。

天守閣などの建造物が損壊したほか、石垣は全体の約3割にあたる2万3600平方メートルに崩落や膨らみ、ゆるみなどの被害が生じた。有料エリアの開園までに3年半、天守内部の公開には5年を要した。

(2016年当時「角の一部だけで支えられ倒壊寸前になっていた熊本城の飯田丸五階櫓」 引用:2016年4月16日付読売新聞オンライン「[熊本地震6年]実験に2年、熊本城『奇跡の一本石垣』修復本格化…前例なき難作業続く」)

10年前と今回の地震では、震源地や揺れの大きさに違いがある。単純に比較することはできないが、熊本城への影響はまったく異なるものだった。前回の地震で割れた窓ガラスや崩れた石が散乱した天守閣は、大きな損傷を免れた。地震発生時は開園時間だったが、城内にいた観光客や職員、工事関係者ら約400人にけがはなく、発生から2週間で有料エリアは再開された。10年前に3年~5年要したことを考えると、観光面の立ち直りは非常に早かったといえる。

被害の程度が比較的小さく済んだ理由に、熊本城ガイドの男性は「10年前の地震による修復で、城の耐震化が進んだからだろう」と語った。

(2026年10月26日筆者撮影 熊本市中央区、10年前の地震による熊本城の被害を説明するガイドの男性)

10年前の地震で激しく損壊した天守閣には、揺れを軽減させるダンパーが設けられた。積み直された石垣内部には、ネット状の補強材が敷かれ、表面の築石を押さえることで激しい揺れにも耐えられる構造となっていた。熊本城総合事務所によると、修復中や完了した部分はほぼ無傷だったという。施されていた耐震対策が、今回の被害を抑えたようだ。

 

■文化財を守ることと変えること、熊本城と首里城

文化財の修復には、制約もある。1950年に制定された文化財保護法には、「国指定重要文化財」と「特別史跡」の「現状変更等の制限」が規定されている。

熊本城については、城内の指定建造物が「国指定重要文化財」に、石垣が「特別史跡」に指定されている。したがって、石垣の積み直しは、崩壊前と同じ並びにすることが求められる。しかも、基本的には伝統工法で修復を進めなければならない。

熊本城と同様に、近年修復が進められている文化財として、沖縄県那覇市の首里城がある。首里城は19年の火災で焼失した。それまでの首里城正殿は1992年の「平成の復元」でよみがえったものであり、「国指定重要文化財」ではない。熊本城の修復ほどの制限はないということだ。それでも、復元は容易なものではなかった。首里城正殿には、琉球の歴史を紡いできた赤瓦や漆などが用いられている。これらの材料を確保し、扱えるだけの伝統技術を持つ職人を確保することは容易ではない。膨大な費用も必要だった。

(2025年6月22日筆者撮影 那覇市首里城公園、修復作業が進められる首里城)

国内外からの61億円を超える寄付もあり、首里城はようやく完成しようとしている。今月23日には、復元工事が完了した正殿の一般公開が始まる。火災から7年を経て、再びその姿が公開される予定だ。新しい正殿には、炎感知器やスプリンクラーの新設、消火水槽・防火水槽の増設など、さまざまな防火対策が施された。熊本城の耐震化と同様に、修復に加えて損壊予防がなされたのである。

 

■「修復」だけでは足りない、「アップデート」の必要性

3か月前の地震では熊本城にいた人々にけがはなかった。しかし、10年前の地震では大量の瓦が崩れ落ち、石垣も崩壊した。今回の被害が比較的小さく済んだ背景には、過去の被災経験を踏まえた耐震化があった。

文化財を守ることは、過去の姿をそのまま残すだけではない。観光地として多くの人が訪れる場所であれば、来訪者の安全を確保することも欠かせない。歴史的な価値を損なわず、次の災害に備えて何を変えられるのか。文化財を次の世代へ引き継ぐために、保存と安全確保の両立が問われている。

 

参考記事:

・2026年11月2日付 読売新聞オンライン 「首里城復興祭で「琉球王朝絵巻行列」那覇市・国際通りを練り歩く…正殿は23日に一般公開」

https://www.yomiuri.co.jp/local/kyushu/news/20261102-GYS1T00016/

・2026年10月1日付 読売新聞オンライン 「熊本地震で崩落した熊本城、石垣の回収作業が本格化『前を向く力になれば』…40か所で崩落や変形確認」

https://www.yomiuri.co.jp/local/kyushu/news/20261001-GYS1T00021/

・2026年9月30日付 朝日新聞デジタル 「再びの地震で新たに40カ所崩落 熊本城の石垣、修復作業始まる」

https://digital.asahi.com/articles/ASV9Z0DN4V9ZTLVB007M.html

・2026年9月27日付 朝日新聞デジタル 「(2026年熊本地震)再び被災、“備え”が救った文化財 石垣に耐震網、修復部分は無事」

https://digital.asahi.com/articles/DA3S16554837.html

・2026年9月15日付 朝日新聞デジタル 「「地震備え、石垣『カルテ』 長野・松本城、データ化に着手」

https://digital.asahi.com/articles/DA3S16547207.html

・2026年8月10日付 日経電子版 「熊本城を13日再開へ、地震発生から2週間強 市長『耐震化で安全』」

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOJC102DI0Q6A810C2000000/

・2026年1月30日付 朝日新聞デジタル 「変わる文化財防火 『手を加えてはいけない』から設備と保存の調和へ」

https://digital.asahi.com/articles/ASV1L4JMFV1LOXIE01NM.html?iref=pc_rensai_short_3226_article

・2016年4月16日付 読売新聞オンライン 「[熊本地震6年]実験に2年、熊本城『奇跡の一本石垣』修復本格化…前例なき難作業続く」

https://www.yomiuri.co.jp/local/kyushu/news/20220416-OYTNT50017/

 

・KAB online(熊本朝日放送) 「石垣から土煙、天守閣に観光客の悲鳴…震度5強の揺れに襲われた熊本城 地震発生時は400人が」

https://www.kab.co.jp/news/article/16794694

 

参考資料:

・熊本城 「復旧状況」

https://castle.kumamoto-guide.jp/map/

・熊本県 「熊本地震から10年」

https://www.pref.kumamoto.jp/site/h28kumamoto-earthquake/

(最終閲覧はすべて2026年11月2日)