やまゆり園遺族も御巣鷹へ 日航機事故41年、悲しみ分かち合い前を向く

相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で起きた殺傷事件で、当時19歳だった娘の美帆さんを亡くした母親の姿は、群馬県上野村の「御巣鷹の尾根」の麓を流れる神流川(かんながわ)の河川敷にあった。

「美帆ちゃんへ 元気ですか?会いたいです」。そう書かれた灯籠を、大切に抱えていた。

美帆さんの母と兄がもつ灯籠
(2026年8月11日 筆者撮影)

1985年8月12日、日本航空ジャンボ123便が上野村の「御巣鷹の尾根」に墜落し、乗客・乗員520人が犠牲となった。航空機内の気圧を保つための圧力隔壁に修理の不備があったことが原因だった。

事故発生日の前夜にあたる11日夕、神流川で鎮魂の灯籠流しが行われた。遺族らは「空の事故がなくなりますように」と祈りを込めた灯籠を川面へと送り出す。その祈りの輪の中に、美帆さんの母の姿もあった。

なぜ、やまゆり園事件の遺族が御巣鷹に

御巣鷹の尾根への「慰霊登山」には、毎年さまざまな事件や事故の遺族が全国から参加する。美帆さんの母が初めて参加したのは、事件から2年後の2018年。「つらい境遇の人同士がつながることに意味がある」と、当時かかりつけの心療内科医に勧められたのがきっかけだった。

そこで出会ったのが、当時18歳だった娘を東日本大震災で亡くした女性だった。やまゆり園事件の後、遺族会が結成されず孤立感を深めていた頃である。女性は静かに想いへ耳を傾けてくれたという。

「同年代の娘を失った親同士、深く分かり合えるものがありました」。以来、手紙を交わし続けている。互いを思いやりながら語り合う2人の表情は、温かな微笑みに満ちていた。

悲しみを分かち合い、共に歩む

事故から41年となる12日、遺族らによる慰霊登山が行われた。雨でぬかるんだ道を、「来てくれてありがとうね」「あともう少しですよ」と互いに声を掛け合いながら、一歩一歩進んでいく。

午前11時頃、尾根に立つ慰霊碑「昇魂之碑(しょうこんのひ)」の前で、空の安全を祈る鐘が鳴り響いた。風船とシャボン玉が放たれ、雨空へゆっくりと昇っていく。美帆さんの母も、碑の前で共に祈りを捧げた。

昇魂之碑
(2026年8月12日 筆者撮影)

大切な人を失った悲しみが消えることはない。それでも、悲しみを分かち合い、共に前を向こうとする人たちがいる。事故から41年。御巣鷹の尾根は、全国の遺族が寄り添い、互いを温かく包み込む場所になっていた。

御巣鷹の尾根にて
(2026年8月12日 筆者撮影)