「面白そうなので、協力しましょう。でも、目立ちたくないので、匿名でお願いします」。7月末ごろ、日本人のMさんに取材依頼をした際に返ってきたのは意外な答えだった。インド・デリーで邦人向け不動産仲介を続けている方だ。なぜそこまで目立ちたくないのだろう。
「もっと稼げる方法があるのに、なぜやらないんですか」
Mさんは、これまで何度もそう尋ねられてきた。現地のオンライン不動産サイトでは、家の写真が偽物だったり、物件が実在しなかったりということがある。また、仲介業者が不当な家賃の上乗せによって大きな利益を得ることも珍しくない。
Mさんによると、昨今、この「不当な家賃の上乗せ」により、利益を得ている不動産仲介業者が増加傾向にある。しかし、それには加わらない。契約書に不利な内容があれば、大家に修正を求める。それでも応じなければ、「この契約書なら契約しない方がいい」と顧客に伝える。そうすれば案件を失うこともある。それでも「信頼は残るから」と話す。実際、ほとんどの顧客は口コミで来ている。
どうしてそこまでして人のために行動するのか
「困っている日本人がいる」。Mさんが不動産業界に入ったきっかけは、稼げそうだったからではない。約10年間、別の仕事でインドに関わる中で、日本人が住宅探しで困っている現実を何度も目にした。
駐在員は勤務先と業者の利害関係の中で、自分の求める住まいを自由に選べないことがある。そして、現地採用の日本人や学生は、「お金にならない客」として十分な応対をしてもらえず、不利な契約書にサインしてしまうことも少なくなかった。
ある日、現地の不動産業者から「一緒にやらないか」と誘われる。最初は笑って断ろうと思った。しかし、ふと考えた。「利益の大きさにこだわらずに家を探す日本人がいてもいいんじゃないか」。その思いが、現在の仕事につながっている。けれど、Mさんには、自分が「助ける側」になるまでの、実経験がある。
インドに住む日本人を支援する活動
学生時代、初めてインドを訪れた時のことだ。インドに到着したその日、空港から乗ったタクシーに目的地に連れていってもらえず、悪徳旅行代理店の集まるエリアに連れていかれた。インド人に囲まれ、高額なツアーを強くすすめられて困っていると、ドレッドヘアのお姉さんが二人現れた。日本人だった。「このツアー会社、すごく信頼できるから契約するといいよ」。彼女たちが悪徳業者と組んでいるのは明らかだった。「海外に来ている同胞に向かって詐欺を働くなんてあっても良いのか」。その体験は、悔しさとともに、Mさんの心に強く残った。
そんなこともあり、今ではインドに住む日本人の生活を支援する有志団体の代表をしている。「日本人の生活を草の根で助けたり、情報を提供したり、少しでも彩りを提供できれば」と、同じ志をもつ仲間たちとインド文化講座や街歩き企画などを計画する。
団体の活動以外では、インドに住み始めた日本人からの要望を受けて、一人では行きにくいマーケットに同伴することもある。多くのレストランやカフェを開拓しては、周りの人に「おすすめ」を紹介する。コロナ禍では安全情報をインドに住む日本人のLINEグループに送り続けた。
これらの行動は、不動産仲介の営業のためではない。「営業のためや、目立ちたいからなど、すぐに気づかれる。私はただ、サポートしたいって気持ちでやってるんです」と語る。「今度の服作りのお出かけ、参加させてください」「前紹介してもらったレストラン、すごくおいしかったです」と、Mさんの周りには常に人が集まっている。
「私しかできない」という幸せな勘違い
なぜそんな生き方ができるのだろうか。
Mさんは、自分のことを「器用貧乏」だと話す。勉強も音楽もできる。けれど、「何か一つで一番になれるタイプではない」と心得ている。だからこそ、他の人が輝けるサポートが自分には合っているのではないかと考えた。
「不動産じゃなくてもよかったんです」。本当にやりたいことは、「サポートすること」だからだ。インドまで来て挑戦をしている人たちを手助けしたいのである。
その一方で、こんなことも口にした。「この仕事は、私しかできない仕事だと勘違いさせてくれるんです」。もちろん、本気でそう思っているわけではない。自分にしかできない仕事なんて、この世にはないと認める。それでも、「私にしかできない仕事だ」と思い込むことを、仕事を続ける力に利用している。
学生時代に心理学を専攻していたMさんは、「自分の脳は信用しない」と話す。人は簡単に思い込み、自分をだましてしまう。例えば、嘘でも幸せだと本気で思っていると、実際に幸せな気分になることもある。「これが天職だ」「これが私にとっての幸せだ」と思い込むこともできる。自分の脳は、自分の武器にも敵にもなりうる。
そのため、「自分自身が自分の脳にだまされている」ということを自覚し、そんな脳の力を利用しながら生きているそうだ。
「豆電球になりたい」
話の中で、筆者の印象に残った言葉がある。「豆電球になりたい」である。
最初は意味がわからなかった。話を聞くうちに、こんな例えが返ってきた。「豆電球を持ったスライムのほうが、毒をまき散らすスライムよりいい」。両親が晩婚だったこともあり、幼い頃から年上の人たちに囲まれて育った。そのため、幼いころから人が亡くなる場面を何度も見てきた。その中で気づいたことがある。
「あの人は、周りに毒をまき散らして亡くなった」、そう思われる人もいれば、「あの人には、生きていてほしかった」と言われる人もいた。
「私は、少なくとも前者にはなりたくない」。その思いは今でも変わらない。座右の銘は「人事を尽くして天命を待つ」「いつ死ぬかわからない。だから、死ぬときに『私なりによく頑張ったな』と思える人生にしたい」のだ。
誰かを強く照らす必要はない。ただ、毒をまく側にはなりたくない。「目立ちたくない」といった理由も、そこにあるのかもしれない。
偶然をつかむために
インタビューの最後、学生へのメッセージを尋ねると、「本当は、学生にアドバイスするより、私たちが意見とかをもらわないといけないんですけどね」と前置きしながらも、「今の仕事は、偶然なんです」と返ってきた。
いろいろな経験や偶然が、パズルのピースのように偶然重なり、今の仕事につながった。しかし、その偶然を偶然のまま終わらせなかったのは、「問題意識をもつこと」と「自己分析すること」を続けてきたからだという。「……なんて言うと、きれいすぎますよね」と付け加えてくれた。
人それぞれ、自分なりの道がある。だからこそ最後に残った言葉は、とてもシンプルだった。夢を追わなくてもいい。挑戦を恐れてもいい。
「自分が、自分を苦しませることだけは、できれば、ないように。」


