8月7日午後3時、鎌倉・鶴岡八幡宮を訪れた。参道には、まだ灯りの入っていない「ぼんぼり」が静かに並んでいた。今年で88回目を迎える「ぼんぼり祭」、そしてこの日は、夏の無事を感謝し実りの秋の訪れを奉告する「立秋祭」の日でもある。幼い頃からこの神社に親しみ、月に一度は参拝を続けてきたが、取材者としてこの祭りを見つめるのは初めてのことだった。
参道全景・青空の下に並ぶぼんぼり
(2026年8月7日 筆者撮影=以下の写真も同じ)
晴れ渡った空の下、強い日差しが照りつけ、蝉の声が絶え間なく響いていた。境内にはすでに続々と参拝者が集まりはじめており、浴衣姿の家族連れの姿も目立つ。周囲からは英語や中国語も聞こえ、海外からの観光客の多さも印象的だった。灯りの入っていないぼんぼりは、日差しを受けて一枚一枚の書画の細部まではっきりと見える。昼だからこそ味わえる表情だ。
ぼんぼり祭は昭和13年(1938年)、鎌倉ペンクラブの会長を務めていた久米正雄を中心に鎌倉在住の文化人や名士たちの協力を得て、鶴岡八幡宮の主催で始まった。境内には鎌倉にゆかりのある文化人や各界の著名人が描いた書画、約400点がぼんぼりに仕立てられ、参道にずらりと並ぶ。顔触れは毎年異なり、今年はどの著名人が筆を執ったのかを探すのも、この祭りの楽しみのひとつだという。ぼんぼりの下には揮毫者の名前が記されているが、夜は暗くて読みにくいため、昼と夜の両方訪れる参拝者も少なくない。
舞殿・「立秋祭」の看板
この日は「立秋祭」にもあたった。立秋の日に行われるこの神事は、昭和25年(1950年)から続けられている。御神前には鈴虫が供えられ、舞殿にて厳かに祭事が執り行われる。
鈴虫の入った籠
午後5時、舞殿の周りにはすでに大勢の参拝者が集まっていた。神職たちの行列が静かに参進すると、境内のざわめきが自然と収まっていく。神前には、鈴虫の入った籠がそっと供えられた。祝詞奏上を経て巫女による舞が始まる。
巫女の舞
花を飾った採物を掲げる所作の一つひとつに、参拝者たちの視線が集まった。20分足らずの舞が終わり、そのまま立秋祭も締めくくられた。夏の盛りの暑さの中で、この時間だけはどこか涼やかな空気が漂っていた。
午後6時半を過ぎた頃、白い装束に緋袴姿の巫女が2人一組になり、火付けの作業を進めていた。一人が小さな灯りを大切に捧げ持ち、もう一人がその火を一つひとつぼんぼりへと移していく。これも、ぼんぼり祭の見どころのひとつだ。
巫女2人一組による火付けの様子
その様子を捉えようと、周囲にはカメラやスマートフォンを構えた人だかりができていた。この時間帯の参道は身動きが取りづらいほどで、境内は牛歩で進むような状態だった。まだ人もまばらだった昼間とは、まったく違う賑わいである。灯りが増えていくごとに、書画の色は日中よりも柔らかく、鮮やかに浮かび上がって見えた。少し離れて全体を見渡すと、ぼんやりとした光の列が夕闇の中に続き、この行事が「夏の風物詩」と呼ばれる理由を実感する瞬間だった。
数ある中でも、あらかじめ見ておきたいと決めていたものがあった。サッカー日本代表長友佑都選手によるぼんぼりだ。今年のワールドカップでアジア人史上初のW杯5大会連続出場を果たした直後に飛び出した「マンマミーア」の一言が話題になり、SNS上でもこのぼんぼりが度々取り上げられていた。
長友佑都選手のぼんぼり・昼
長友佑都選手のぼんぼり・夜
実物は、大きく力強い筆致で「マンマミーア」と書かれていた。青空の下ではくっきりと文字の輪郭が際立っていたが、灯りがともった瞬間、内側からの光に浮かび上がり、まったく違う表情を見せた。
もう一枚、目に留まったのが、日本画・水彩画家の福井良宏氏によるものだ。夕暮れの空を背景に富士山を望みながら走る、江ノ電を描いた作品である。
福井良宏氏の作品・昼
福井良宏氏の作品・夜
昼間は、車両や線路、遠くの富士山まで、細部の線描の丁寧さに見入ってしまった。ところが灯りがともると一変する。絵の中の夕焼けの暖色部分が、ぼんぼりの明かりで一段と温かみを増し、参道に並ぶ数あるぼんぼりの中でもひときわ目を引く存在になっていた。
点灯後、境内はさらに賑わいを増していった。人気のぼんぼりの前にはスマートフォンを構えた人々の列ができ、思い思いの角度から次々と写真を撮っている。浴衣姿の参拝者もいっそう増え、屋台からは食べ歩きを楽しむ人々の姿が見られた。昼間の静けさとは打って変わって、夜のぼんぼり祭は夏祭りの活気に包まれていた。
夜の参道・大勢の人でにぎわう様子
参道を少し離れて眺めると、その光景はまた格別だ。連なるぼんぼりの灯りが幾重にも重なり合い、まるで一つの光の帯のように夜の境内に浮かび上がっている。その周りには、足を止めて見入る人たちの姿が絶えることなく続いていた。
夜の参道・灯りが連なる静かな光景
訪問を終えて、あらためて感じたことがある。同じ境内が、昼と夜とでこれほど違う表情を見せていることだ。物心つく前からこの神社に通い続けてきた筆者にとっても、新鮮な発見の連続だった。88回目を迎えた祭が、来年もその先も、こうして多くの人に親しまれながら続いていってほしい。灯りに照らされたぼんぼりが並ぶこの穏やかな光景が、これからもずっと変わらずにここにあり続けますように。
参考資料:
・https://www.hachimangu.or.jp/activity/news/1133
鶴岡八幡宮公式サイト ぼんぼりまつりについて
・https://www.trip-kamakura.com/facility/detail.php?id=238
鎌倉観光公式ガイドサイト ぼんぼり祭(鶴岡八幡宮)










