【後編】迫られる多文化共生ーヒントはどこに?

2026年3月チャンギ空港にて,筆者撮影

 

前編、中編は以下のURLからご覧下さい。

前編:allatanys.jp/blogs/29860/

中編:allatanys.jp/blogs/29953/

 

シンガポールは、秩序のある移民国家とされています。多様な文化を尊重しつつも、シンガポール人としてのアイデンティティを育てることで、民族間の協調を図っているのです。また、厳しいルールが社会秩序の安定につながっています。このような政策を取るに至った背景には何があるでしょうか。

 

シンガポールは資源に乏しい島国です。水すら自国のみで確保することが難しく、隣国マレーシアからの輸入に頼っています。国土が非常に狭いことから人口密度が高いとはいえ、総人口は600万人にとどまります。経済成長に不利な点は資源だけではありません。多民族から成るため、異民族間での対立が起きやすいのです。

 

困難な状況の中で社会と経済を安定させるため、初代大統領リー・クアンユーが取った政策は開発独裁でした。まず、湾岸や空港を整備し外資系企業を積極的に誘致するとともに、教育水準を高め英語を公用語とすることで外国人にも働きやすい環境を作り上げました。急速な経済成長の一方で、社会の安定も目指しています。厳しい統制と多民族の平等を掲げ、秩序を形成しようとしました。特筆すべき点は、リー自身は華人にも関わらずシンガポール人としてのアイデンティティの形成に尽力したのです。

 

シンガポールは元々移民によって成り立つ国家ですが、移民の受け入れ方針は時代によって二転三転してきました。積極的に受け入れた時期もあれば、不況や国民の反発により制限した時期もあります。現在は、受け入れを全体的に厳格化する一方、将来の経済発展に資する人材は積極的に受け入れています。高度人材には優遇措置を与え、単純労働者には労働力の需給の調整役として厳格に管理しています。とはいえ、外国人人口は全体の3割を占め、引き続き高い水準を保っています。

 

参考までに、日本の移民政策を紹介します。歴代の政権は「移民政策を取らない」としてきました。が、実態としては、大量の外国人を労働者として受け入れてきました。近年、主にアジアの人々が「技能実習制度」で日本で働いています。制度の名目は「国際貢献を目的とした技能移転」とされていますが、実態は「安価で代替可能な労働力の確保」にすぎないと指摘されています。

 

この制度の下で、労働者の人権侵害が多数発生しています。例えば、最低賃金以下の低賃金、時間外・長時間の労働、精神的・身体的虐待が報告されています。批判を受け、2027年から「育成就労制度」に衣替えします。目的は「人材育成と人材確保」に変わりますが、問題点は数多く残ります。さらに、家族帯同や永住権に関しては依然として厳しい条件が設けられています。「安価で代替可能な労働力」として外国人を受け入れてきた一方、社会統合には後ろ向きなのです。背景には、「単一民族国家である」という政治家や国民の意識が関係していると考えられます。

 

シンガポールも単純労働者に関しては、日本と同等かそれ以上に厳しい制限を課しています。永住権の取得や家族帯同は認められず、在留期間の延長にも厳しい上限が設けられています。在留中の妊娠や出産は禁止され、半年に1度の妊娠検査が義務付けられているという信じがたい実態があります。コロナ禍では劣悪な環境の宿舎でクラスターが多発したことが報道されています。単純労働者の多くは家事労働に従事しています。家庭内での仕事のため、外から問題が見えにくく、パスポート取り上げや性虐待が蔓延していると言われています。

 

シンガポールの外国人労働者に対する待遇は国際社会から非難を浴びています。ほかにも強い批判を浴びているのが、民主主義の制限です。反政府的な言動は規制され、巧妙な選挙制度により事実上の一党独裁が続いてきました。報道の自由度や民主主義指数は先進国の中で特に低い水準に位置しています。強権的な政治体制である一方、強い監視社会でもあります。筆者が訪れたときも至る所で監視カメラに包囲され、居心地の悪さを感じました。「明るい北朝鮮」とか「fine city(fineには罰金の意味もある)」と揶揄されることもあるシンガポールの成功の裏には、強権的な統治と自由の厳しい制限があるわけです。

 

以上から、日本がシンガポールの政策をそのままなぞることは現実的ではありませんし、望ましくもないでしょう。シンガポールの政策は多くの代償の上に成り立っており、日本とは国の歴史も政治体制も全く異なるからです。しかし、日本の移民政策を考える上でのヒントはあるのではないでしょうか。筆者はシンガポールの例を踏まえ、次の2点を提案します。

 

第一に、共生のルールの明文化です。日本は暗黙の了解によって秩序が保たれてきた背景があります。しかし外国人にとって不文律を理解することは困難です。ゴミ出しのルールや騒音の基準、公共マナー等を外国人にもわかりやすい形で示すことが必要ではないでしょうか。各言語に訳して伝えることも不可欠です。

 

第二に、地域コミュニティレベルでの社会統合です。永住権や家族帯同の条件の緩和といった制度レベルでの社会統合には危惧する人も多いと思います。そこで、シンガポールのように地域社会での相互理解や交流を促進してはどうでしょうか。スポーツや文化活動を通じて、民族の垣根を越えたつながりを形成するのです。また、日本語や日本文化教育だけでなく、各民族の言語や文化に触れる機会を提供することで、それぞれの民族のアイデンティティも日本社会の一員としてのアイデンティティもどちらも確立できることが望ましいと考えます。

 

どんな政策にも正解はありません。受け入れを拡大すれば摩擦は避けられず、制限すれば労働力不足は深刻化するでしょう。大切なのは、現状から目を背けないことです。外国人との共生はもはや他人事ではありません。日本社会の未来に大きく関わる問題として、私たち一人ひとりが考え続けることが求められます。

 

参考資料:

・選別色強まるシンガポールの外国人労働者受入策

https://www.jri.co.jp/page.jsp?id=38558

・自治体国際化協会 シンガポール事務所「シンガポールの民族融和・多文化共生政策について

https://www.clair.or.jp/j/forum/pub/docs/423.pdf