「民間人空襲被害者の救済を!」。防空頭巾を被りながら、河合節子さん(87)は道行く人に声をかけ続ける。1945年3月10日の東京大空襲で母と2人の弟を亡くした。2019年4月から国会前で続ける呼びかけ活動は、今年で188…
投稿者: 大島千明
やまゆり園遺族も御巣鷹へ 日航機事故41年、悲しみ分かち合い前を向く
編集部ブログ相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で起きた殺傷事件で、当時19歳だった娘の美帆さんを亡くした母親の姿は、群馬県上野村の「御巣鷹の尾根」の麓を流れる神流川(かんながわ)の河川敷にあった。 「美帆ちゃんへ 元気ですか?…
富山大空襲から81年「生き残った私には伝える責任がある」88歳語り部の訴え
編集部ブログ飯田恭子(はんだ・きょうこ)さん(88)の左腕は、今も思うように動かない。1945年8月2日未明、当時小学2年生だった彼女の左肩に米軍のB29が投下した焼夷弾の破片が突き刺さった。治療は麻酔無しで行われ、傷口に盛り上がっ…
津久井やまゆり園事件から10年 「きょうだい児」の私がいま向き合う理由
編集部ブログ2016年7月26日、神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」に元職員が侵入し、入所者19人が殺害され、職員を含む26人が重軽傷を負った。この大量殺人事件は、容疑者が抱いていた「障害者は不要」という妄執とともに、…
物言わぬ語り手が伝えるもの——被爆と震災、遺構が問いかける未来
編集部ブログ1945年8月9日午前11時2分、プルトニウム型原子爆弾「ファットマン」が長崎市に投下された。すさまじい爆風と熱線と放射能が襲った。同年末までに約7万4千人もの尊い命が奪われたとされる。 あの日から81年近くの歳月が流れ…
沖縄慰霊の日 「若者は事実から目を背けないで」ガマフヤー具志堅隆松さん
編集部ブログ6月23日の「慰霊の日」を前に、沖縄県庁前でハンガーストライキを続ける人の姿があった。遺骨収集ボランティア団体「ガマフヤー」代表の具志堅隆松さん(72)だ。 具志堅さんは、40年以上にわたり、沖縄戦犠牲者の遺骨収集を続け…
聴導犬が社会へ出るために——育成の現場から
編集部ブログ全国で活躍する盲導犬が768頭であるのに対し、聴導犬はわずか52頭。その差はなぜ生まれるのか。日本聴導犬推進協会(埼玉県ふじみ野市)の水越みゆき事務局長に話を伺った。 三重の壁 聴導犬の頭数が増えない背景には、大きく3つ…
聴導犬「いて当たり前」の存在に
編集部ブログ聴覚に障害がある人をサポートする聴導犬。その数は全国でわずか52頭。必要とする人に届いていない現状があり、認知度の低さも課題だ。今回、そんな聴導犬と生活する津田塾大学准教授の中條美和さんに話を伺った。 先天性の聴覚障害を…
原発の恩恵、その「報い」を背負うということ —福島県大熊町・木村紀夫さんが問い続ける15年
編集部ブログ福島県大熊町に生まれ、震災の日まで家族6人で暮らしていた木村紀夫さん。あの日、父と妻、そして当時小学1年生だった次女の汐凪(ゆうな)さんが津波にのまれ、犠牲となった。震災発災から15年が経つ今も、汐凪さんの遺骨の約8割が…
長生炭鉱追悼集会 遺族を押しのけた記者たち
編集部ブログ海の底から、ダイバーたちが遺骨を持ち帰ってきた。砂浜に到着して、遺族のもとへ向かう。待機していたメディアが一斉に集まる。 砂浜にはメディアを規制する線が引かれていた。だが、そんなものは全く意味をなさなかった。遺骨をカメラ…








