富山大空襲から81年「生き残った私には伝える責任がある」88歳語り部の訴え

編集部ブログ

飯田恭子(はんだ・きょうこ)さん(88)の左腕は、今も思うように動かない。1945年8月2日未明、当時小学2年生だった彼女の左肩に米軍のB29が投下した焼夷弾の破片が突き刺さった。治療は麻酔無しで行われ、傷口に盛り上がっ…

原発の恩恵、その「報い」を背負うということ —福島県大熊町・木村紀夫さんが問い続ける15年

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福島県大熊町に生まれ、震災の日まで家族6人で暮らしていた木村紀夫さん。あの日、父と妻、そして当時小学1年生だった次女の汐凪(ゆうな)さんが津波にのまれ、犠牲となった。震災発災から15年が経つ今も、汐凪さんの遺骨の約8割が…