【特集】第二の『失楽園』を探して

 

あらたにすで記事を書くようになり、はや8か月が過ぎようとしています。活動を始めてから何か生活環境が変わったかと問われると答えに窮しますが、新聞に対する印象は変わったと言えるでしょう。例えばコンビニで食べ物を買ったとき。帰り際、ドア付近にある新聞コーナーを横目で見てみると大半は政治ネタでした。筆者の中では、「お堅いモノ」というイメージがあったのです。しかし、毎日目を通すようになり、内容の充実ぶりに感動するようになりました。

敬遠していた政治や経済の問題は、ニュース解説を通してわかりやすく説明してあり、若者も読みやすいように工夫されていました。また、国際面、スポーツ面、生活面、科学面、地域面…とページをめくれば、知らない世界が次々と私たちを迎えてくれます。評論家・外山滋比古さんが著書『新聞大学』で、新聞は自学自習をするのに最適なテキストだと語ったのも納得です。

中でも一番のお気に入りは連載小説です。皆さんは目を通していますか。朝ドラのような華やかさはありませんが、新聞読みにはなくてはならない存在。そう思います。現実に疲れ、目をそらしたくなった時、新聞小説はほんの数分ですが、異世界に読者をいざなってくれるからです。

新聞小説は18世紀イギリスに誕生しました。しかし、定着せず、大きな影響力を見せたのは日本と19世紀フランスだったと言います。フランス文学と言われても頭に浮かばないかもしれませんが、アレクサンドル・デュマ・ペールが書いた『三銃士』(1844年)、『モンテ=クリスト伯』(1841〜45年)など日本でも有名な作品も当時の新聞小説として連載されていました。

言わずもがな、日本もまた古い歴史を持っています。明治期、知識人層向けに発行していた「大新聞」に対して、「小新聞」と呼ばれる庶民を対象にした新聞が相次いで創刊。小新聞の社主、主筆、記者の多くは江戸戯作者の出身で、社会記事は読者層の要請から平易な文章の実話風読み物に改められ、とくに大衆の興味をひきそうな事件は「続き物」として連載されました。これがやがて、フィクションを加えた新聞小説を生んだのです。自由民権運動が活発になってくると政治色の強いものが増え、新聞を読めばその当時の高揚を感じることが出来ます。

次に作者を見てみましょう。高校時代、夢中になって読んでいた筆者としては、夏目漱石は外せません。1907年に書かれた『虞美人草』から始まり、未完に終わってしまった『明暗』まで数多くの作品を朝日新聞に連載していました。特に『道草』は自伝的小説とも呼ばれ、漱石の私生活を垣間見ることのできる素晴らしい一冊です。他にも大正期には芥川龍之介、島崎藤村、森鴎外など、国語便覧を開けば必ず載っている人たちが活躍していました。

昭和期に入るとなじみ深い作品が増えていきます。三浦綾子の『氷点』(1964~1965)、司馬遼太郎の『坂の上の雲』(1968~1972)など映像化された作品もあります。中でも驚いたのは、日本経済新聞です。まずは渡辺淳一作品、『化身』『失楽園』『愛の流刑地』。彼の作品を数冊読んだことのあるものとしては、日経新聞のイメージと合いませんでした。大胆でセクシュアルな内容を掲載することに面白さを感じます。また辻原登の『韃靼の馬』も衝撃的でした。年配の方から読んでみるよう幾度か薦められたことがあり、なぜ対馬に関する小説を知っているのだろうかと疑問に思っていたのですが、連載されていたからでした。

ここ数年の作品にも良作が。筆者が特に注目しているのは毎日新聞の連載小説です。諸田玲子さんの『四十八人目の忠臣』、東野圭吾さんの『手紙』、吉田修一さんの『横道世之介』、平野啓一郎さんの『マチネの終わりに』など話題作が多く出ています。万人受けしやすい設定で、飽きることなく読み続けることができ、おすすめです。

さて、ここまで新聞小説の歴史と作品について書いてきました。懐かしい作品や読み直したい作品、読んでみたくなる作家さんを見つけましたか。何より新聞を通して小説を読んでみようと思ってもらえたなら嬉しいものです。

また新聞小説を読みたいけれど、話が進みすぎて追いつけない人におすすめがあります。現在、北海道新聞、東京新聞、中日新聞、西日本新聞で連載している平野啓一郎さんの作品、『本心』。この作品、素晴らしいことにインターネット上で一話から無料で読むことが出来るのです。AIや仮想空間を題材にした作品で読み応えのある一作になっています。

昔と比べ、テレビやインターネットが発達し、新聞に向き合い、文字を追わなくても済むような時代になりました。しかし、だからこそ味があり、楽しみがあるのではないでしょうか。朝ドラのように、趣味として新聞小説を読んでいますといつか誰かに言ってみたいものです。

 

参考記事:

朝日新聞・読売新聞・日本経済新聞 連載小説

 

参考資料:

朝日新聞社 知恵蔵

小学館 日本大百科全書