「立ち寄りたい町」長崎東彼杵町で出会った人たち

●「通過する町」だった東彼杵

「ここは通過する町って言われてた」。そう話すのは、長崎県東彼杵町千綿地区の一般社団法人「東彼杵ひとこともの公社」の森一峻さん。

一般社団法人「東彼杵ひとこともの公社」森一峻さん

東彼杵町は長崎県の中央部に位置しており、大村湾の東側に面し、かつては鯨肉の集積地として栄えた。人口は約7,000人ほどで県内市町村の中でも2番目に少ない。位置的に県庁所在地である長崎市とハウステンボスなどがある佐世保市の間にあり、18年間長崎県で過ごした筆者自身、通ったことはあれどちゃんと立ち寄ったことはなかった。

森さんは、この地に2015年に交流施設である「Sorriso riso(ソリッソリッソ)」を開設した。

「Sorrio riso(ソリッソリッソ)」

きっかけは2013年に千綿地区にあった農協の米倉庫が解体させるという話を聞いたことだそう。関係者を説得し、倉庫を借り上げ、リノベーション。県外からの人々と地域住民が交流し、情報発信をする拠点として2015年にスタートした。UIターンをしてきた人々の試験出店の場所としても提供し、5年後には倉庫周辺に5店舗のお店ができることを目標に活動が始まる。周囲の人から、さまざまな意見を言われることもあったというが、お店を開きたい人のために、空き家の交渉など様々なサポートを行い、5年間で20店舗ほどがオープンすることとなった。

「二流の都会より、一流の田舎を」。前職でコンビニ事業に関わっていた森さんは、フランチャイズ化や、どこでも同じような街並みになってしまうことに疑問を感じたという。その経験から東彼杵を一流の田舎にしていきたいと思ったそうだ。

●「そのぎ茶」の魅力をより多くの人に

そんな森さんの狙い通り、様々な人たちが集まるこの拠点を中心に、新しい面白いことやものが生まれている。

「Sorriso riso」で出会ったのが、夫婦2人で中里茶農園を営む中里孝幸さん(53)、真貴子さん(52)だ。「お茶飲んでいってください」と気さくに声をかけてくれた。2人が育てるのは、そのぎ茶。試飲させてもらうと、ふわっと香りが広がり飲みやすくて美味しい。「玉緑茶といって、葉っぱが曲がっていてね。甘味、旨味が凝縮されてる」。優しい笑顔のお二人に説明をしてもらいながら、商品を選ぶ。5年前から小売をはじめ、インスタグラムやネットでも販売を行う。目を引くのは、2人の明るい笑顔のような色の、茶畑をイメージしたお洒落なデザインのパッケージ。

中里茶農園を営む中里夫妻

若い人にも、もっと手軽にお茶を楽しんでもらいたい。そのために手に取ってもらえるパッケージにしたいと考え、森さんら「ひとこともの公社」に相談したそう。ソリッソリッソ横のコインドリーで開催されたアートイベント「アキヤアト」で展示されていた作品をきっかけに、イベントに携わっていた事業者の協力を得て、新デザインが完成した。商品名はお二人の子供の名前からつけられている。夢は47都道府県の人に自分達のお茶を送ること、素敵なデザインと想いが全国に届いてほしい。

 

●「アート」と「福祉」もっと身近に

「Sorriso riso」横のコインランドリー跡地にも新たな取り組みがスタートしている。今年2月に福祉施設のものづくりを知ってもらう場として障がい者らがデザイン、制作したアート作品を販売する〈=VOTE〉がオープンした。

プロジェクトマネージャーの山内さんは「福祉施設では多くのアート作品が生み出されているのに、人の目に触れることなく埋まっている。それらをもっと身近に感じてほしい」と語る。

「=VOTE」山内理央さん

実は先に紹介した中里茶農園のパッケージも、ここで商品を扱っている就労継続支援事業所「MINATOMACHI  FACTORY」で働く、障がいを持った方がデザインしたそう。

ものづくりを行う福祉施設は、その技術力にもかかわらず、下請けとして扱われることが多いという。一般企業と福祉施設が並列で結びついて、協業していくものづくりを目指す。また、アートに触れる機会の少ない田舎で身近に芸術作品に触れられるようにすることで感性を育てることにもつながる。置いてある商品はクジラや教会など地域と関わりのあるデザインのものが多く、思わずプレゼントやお土産に買いたくなるものばかりだ。気軽に立ち寄って商品を見ることで、福祉施設の技術力の高さや就労支援の取り組みが見えるようになっている。地域とアートの交流の場、福祉事業所のものづくりを発信していく場となっていくことを願う。

 

●「通過する町」から思わず「立ち寄りたい町」に

人口流出と地域経済の疲弊が進んでいた町に、多様な背景や視点を持った人々が集まり、面白いことをやって地域を盛り上げている。お茶のパッケージの話を聞いて、人が集まるからこそ、新しいアイデアや魅せ方、考え方を持った人、何かをやってみたい人たちが出会う事ができる。元々そこにあった魅力的なものに新たな価値を加えることが出来ると感じた。森さんは「ソリッソリッソの建物の中は実験室」と話す。人と人との出会いが生み出す化学反応で東彼杵が、長崎がどう変わっていくのだろうか。人々が織りなす魅力で溢れるこの町は、ただ通り過ぎるだけではもったいない。