【特集】「まだ大丈夫だと思いたい」 生活保護を拒む感情

私は、前回の記事で、大阪の釜ヶ崎地区で生活する人々への10万円給付について取り上げた。これを読んだ人のなかには、釜ヶ崎の不安定生活者が常にお金に飢えていて、可能な限りもらいたがっているという印象を受けた方もいるかもしれない。しかし、現実はそう単純なものでもない。

この国には生活保護という制度がある。だからといって、釜ヶ崎の人全員が生活保護を受けているわけではない。生活保護を受けるには、自動車を手放さなければならなかったり、親族に扶養照会をする必要があったりなど、未だに高いハードルがあると言われている。しかし、NPO釜ヶ崎の事務局長・松本裕文さんは、別の理由を指摘する。

「60代、70代になると足腰が弱くなる。この時期にさらに生活保護を受けて、介護を受けてってなると、自分の持っている力が劣ってくるのを認めることになる。ここへの抗い。『わしはまだ大丈夫』って思いたい人が多いんです」

意外な回答に、私はかなり驚いた。生活に困った時、経済的に最も合理的な選択をとる。これは、自明の理のようにも思えるが、実際はそればかりではないのだろうか。

ここまで読んで、読者の方々はどう思われただろうか。「自分は大丈夫と思いたいとか、一部の人の個人的な意見なんじゃないの」「政策を作る時、そんな心理とか構っていたらきりがないでしょ」。こんな反論は十分に予想できる。では、そのような人に一つ聞いてみたい。あなたが似た立場になったとき、最も合理的な選択を迷うことなく取れますか?

仕事や学業、人間関係に悩んだことは誰しもあるだろう。その時、誰かに相談したり、改善に向けてすぐに動き出したりできただろうか。少なくとも、私はできなかったことの方が圧倒的に多い。よく、自分で抱え込んだまま何もできずにいた。多分、行動を起こすことで自分の不運な境遇を認めたくなかったのだと思う。

昨年11月、渋谷のバス停のベンチに座っていた路上生活者の大林三佐子さん(当時64歳)が頭を蹴られ、死亡する事件があった。毎日新聞の記事によれば、大林さんの弟は、被害者が生活保護を受けていなかった理由について、「芯が強くて、一人で何とかしようとするタイプ。誰かに迷惑をかける自分が許せなかったのかもしれない」と推し測っている。

この事件については、なぜ周りの人々が彼女の境遇に気づけなかったのかという視点からの記事が多かった。もちろん、その分析も必要だと思う。ただ、本人のことを最もよく知っているのは本人である。なぜ大林さんが周囲に助けを求められなかったのか、理由を考えることが非常に重要であると思う。NPO釜ヶ崎の松本さんは言う。「私ね、最近になって思うんですよ。誰かに相談するって、めちゃくちゃハードルが高いことなんだなって」。

 

高齢者特別清掃(特掃)は、大阪府と大阪市が単独費用で行っている失業対策事業。約900人が登録をしており、約200人ずつ日替わりで仕事が与えられ、賃金が支払われる。松本さんによると、特掃の利点は「仕事」という格好がつくため、労働者が他の人と関係を築くときに抵抗感が少ない点らしい。こうした活動を通じてコミュニティができれば、労働者は自身のことを気軽に相談できる。それによって、医療や居宅保護につなげられた事例もあるそうだ。

「仕事で汗をかきたいから」仕事をする。「将棋が好きだから」将棋を指す。コミュニティを作ろうとする際、人間関係をつくることが主目的にならないよう自然に取り組むことで、そこから外れる人を大きく減らせると松本さんは言う。

生活保護の受給から他人への悩みの相談、地域社会への参加まで、人間のプライドというのはさまざまなことに影響を与えている。そして、取材への協力もしかり。取材に答えるということは、自分の境遇を話す、つまり、それを認めるということであると思う。曖昧なままにしておきたいことも、自分ではっきりと言葉にすることで、否応なくその現実に向き合わされる。私は、これまでさまざまな人に取材を試みたが、断られたことも少なくない。その理由を想像した時、忙しいとか面倒くさいとかだけでなく、認めたくないというのもあったのではないか。今振り返ってみて思う。

今回の取材で、私はNPO釜ヶ崎に話を聞いた。もし、このことを釜ヶ崎で暮らす人々が知ったらどう思うだろうか。「学生ごときが私たちのことを心配?バカにするなよ」。このような感想を持つ人もいると思う。

たとえマスコミの世界でプロの記者になったとしても、当事者でないことに変わりはない。情報を聞き出そうとすることで、取材相手のプライドを傷つけることが避けられない場合もあるのだろうか。出来事を伝えるというジャーナリズムの使命と、取材相手のプライドの尊重。そのどちらをどの程度優先すべきか。私はまだこの答えが分からない。

 

参考記事:

10月25日 朝日新聞デジタル「生活保護は『ほんまクズ』、毒づいた自分が受給者に 消えぬ恥の意識

11月16日 毎日新聞「渋谷・路上生活者襲撃1年 年明けにも刑事裁判 姉の死の理由知りたい弟『助け求めてくれれば』

 

参考資料:

特定非営利活動法人 釜ヶ崎支援機構  「就労機会提供事業