検察のあるべき姿とは

韓国の文在寅政権で重要閣僚だった曺国(チョ・グク)氏が法相を辞任しました。約1ヶ月にわたり、自身や家族に降りかかる疑惑を押し切って大臣職を続けようとしたものの、最終的には世論の圧力に屈しました。メディアの報道では、具体的な不正行為の数々に焦点が当たりましたが、その陰で、政府と検察の対立構造も表面化していました。

そもそも、韓国の検察は非常に強大な権力を有しています。日本では警察が捜査権を一部分担しているのに対し、検察の独占状態になっています。他省庁と比較して、公務員や次官の人数がかなり多いため、組織規模も肥大し過ぎだと言われています。

それゆえ、組織の政局判断や政治的志向に基づいて強権を振るうことがあるのです。政治家への強制捜査を実行したり、逆に、疑惑への不介入を決めたりすることができます。歴代では保守層との癒着傾向が強く、革新派政権の疑惑探しに注力することが多かったようです。

今回、特捜部の規模や権限を抑えようとした曺氏こそ返り討ちにあったものの、改革が必要だったという意見は韓国国民の間で根強く残っています。

日本の検察はどうでしょうか。組織規模は大き過ぎず、警察と業務の棲み分けもできているように見えます。しかし、政治的に完全に中立で公正だと断言することは可能でしょうか。

検察は民間の事件に対して厳しく対処します。容疑者の行動に完全な証拠がなくても、複数の不完全な証拠を繋ぎ合わせたり、刑罰の適用範囲を広めに用いることで、起訴に踏み切ることがあります。一方、政治家が関係する事案では、積極的に起訴に持ち込もうとはしません。森友加計問題では、刑事罰の適用に限界があることを理由に、容疑者の全員不起訴を決めました。

政界と癒着していたり、政治家の意向を忖度していると言うつもりはありません。ただ、隣国の現状を反面教師として学ぶ必要はあります。どんな案件でも、容疑者の地位や権力、政治的思想に関係なく、平等に判断を下すことを徹底して欲しいと思います。

 

参考記事:

26日付 日本経済新聞朝刊(大阪12版)2面「真相深層 文氏の見果てぬ検察改革」