【特集】京急事故、運転者の心理は

今月5日、京急本線の神奈川新町駅近くの踏切で、トラックと列車が衝突する事故があり、トラックを運転していた男性が死亡、35人がけがを負いました。
捜査が進むにつれ、大まかな当時の状況が明らかになる一方で、トラックの運転手と電車の運転士がどういう心理状況にあったのかは未だに明らかになっていません。
今回、私は大型車両と電車双方の運転経験のある業界関係者・Aさん(仮名)に話を伺いました。

©日本経済新聞、トラックと衝突し脱線した京浜急行の車両(5日、横浜市神奈川区)

トラック側の心理

トラックは当時、高さ制限のあるアンダーパスを避けて道幅の狭い通路に迷い込んだとされています。
当初は踏切の手前で左折しようとしていたところ、曲がりきれず断念、右折に切り替えました。Aさんは「狭い道にポールが立っていて、曲がりづらい状況にあったのでは」と指摘します。大型車はリアタイヤの後ろが長いため、曲がるときに後ろがぶつからないようにしなければなりません。道を出るところにポールが立っていたことから、どんなに切り替えしても難しかったのではないかと話していました。

また運転手の男性は、運送会社に勤務しており、昨年10月に入社したばかりだったといいます。「古い遮断かん(踏切遮断器のバー)は当たると車に傷がつく可能性がある。会社の車を傷つけるのを避けようと、非常ボタンで列車を停め、遮断かんに当たらずに踏切を出ようと考えていた」(Aさん)可能性も考えられます。

報道されている限りでは、左折する際、休憩中の京急の社員(運転士と車掌)2名が、左折の切り返しを手伝っていたといいます。しかし右折の時にはその記述がありません。右折に変更してから踏切の非常停止ボタンが押されるまでの間、何があったのかは判っていません。仮にその場を離れていたのだとしたら…。京急の定める鉄道安全管理規程にある、「事業の運営について,安全の確保を第一の課題として行う」が、職責を超えて守られていたのか、検証される必要があるでしょう。

ブレーキ操作は適切だったか

電車の運転士側はどうだったのでしょう。電車には普段使う常用ブレーキと非常ブレーキがあります。私が気になったのが運転士の運転歴でした。1年1ヶ月という運転歴は、ブレーキを掛ける時の心理に何か関係するのでしょうか。Aさん曰く、「最大の常用ブレーキか、非常ブレーキかで迷ったのではないか」とのこと。鉄道は「安全が当たり前」の減点方式の評価のため、非常ブレーキを使用する際にためらいがあった可能性も考えられるとのことでした。

踏切の異常検知があると自動でブレーキが掛かるのが最近の主流ですが、京急は「かえって乗客に危険が及ぶ可能性」から、運転士が目視で「特殊信号発光機」の光を確認し、手動で非常ブレーキをかけるようにしていました。京急の説明では、踏切の600m前の地点で信号が確認でき、その時点で非常ブレーキをかければ踏切前で停まれたとしています。しかし地図で実際に距離を測ってみると、踏切の600m前は神奈川新町駅の前・子安駅を出た直後の位置。緩やかなカーブで、支柱に隠れていた可能性もあります。信号の位置が適切に配置されていたかも気になる点だと、Aさんは話していました。

トラックはなぜ立ち往生に至ったのか、「停まれたはず」の電車がなぜ停まれなかったのか。責任の所在は1箇所であるとは限りません。乗員乗客の安全を守るためにも、責任追及に終わらない真相や状況の解明と、妥協のない再発防止策の実現が望まれます。

参考記事:
5日付朝日新聞夕刊(東京4版)1面「京急、衝突脱線32人負傷」
5日付読売新聞夕刊(東京4版)11面(社会)「衝撃と黒煙 悲鳴」
5日付日本経済新聞夕刊(東京4版)11面(社会)「京急線とトラック衝突」
6日付朝日新聞朝刊(東京14版)31面(社会)「列車横倒し 乗客悲鳴」
6日付読売新聞朝刊(東京13版)35面(社会)「警笛「ぶつかる」」
6日付朝日新聞夕刊(東京4版)11面(社会)「トラック 3分超切り返す」
6日付読売新聞夕刊(東京4版)11面(社会)「京急 自動ブレーキ」
7日付朝日新聞朝刊(東京14版)35面(社会)「高さ制限の道 回避か」
7日付読売新聞朝刊(東京13版)35面(社会)「京急事故 トラック 切り返し4分」
7日付読売新聞朝刊(東京13版)35面(社会)「電車 どこでブレーキ?」
8日付朝日新聞朝刊(東京14版)31面「「想定内」の立ち往生 なぜ衝突」
8日付読売新聞朝刊(東京13版)29面「トラック 普段と違う道」
8日付読売新聞朝刊(東京13版)29面「京急 現場で速度抑制 運転再開」

参考資料:
京急事故 踏切の危険性を探る(日経ビジュアルデータ)
鉄道安全報告書(京急電鉄)

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