ルポ 民主化運動 歴史を記録する

本日の朝日新聞朝刊に印象深い写真が掲載されていました。大勢の兵士の前で跪く一人の市民を映したものです。兵士の後ろには軍用車両があり、銃口はこちらを向いています。右側で背を向けている二人は捕まった仲間を助けたくて仕方がないように見えます。

▲朝日新聞電子版から

今月4日で30年がたつ天安門事件。1989年4月、中国共産党の改革派指導者だった胡劉邦・元総書記が死亡したことをきっかけに追悼する学生や市民が天安門広場に集まり、民主化を求める大規模な民主化運動へとつながりました。

掲載された写真は当時のものであり、中国紙のカメラマンが撮影。9面には彼が4月下旬から軍が学生らを鎮圧するまでどのような取材を続けていたかも記されています。

一連の記事を読んで、筆者は新聞の「記録媒体としての役割」を改めて痛感しました。というのも、先月中旬にもう一つの民衆の悲劇の地を訪れ、同じことを思っていたからです。二つの出来事はいずれも80年代に隣国で起きた、民主化を求める若者らによる運動であり、多くの人々の流血とともに鎮圧されました。

5月17日、筆者は韓国の地方都市・光州にいました。今から39年前に起きた民主化運動を学ぶためです。

雨が降りしきるなか参加した18日の犠牲者追悼式には文在寅大統領も出席しています。韓国にとってどれだけ重要な出来事だったのか物語っていました。

式典中、大統領は「1980年、光州が血を流して死んで行く時に、光州と共に(行動)できず、その時代を共に生きた市民の一人として、本当に申し訳なく思っている。公権力が光州で行った野蛮な暴力と虐殺に、大統領として国民を代表し、もう一度深くお詫び申し上げる」と演説をし、聴衆からは何度も大きな拍手が沸きあがりました。

 

その後、会場の裏手にある犠牲者の墓地を訪れました。勤務中の旦那さんを待っている間に銃殺された妊娠八か月目の女性。娘が生まれたと聞き、一目見ようと単身赴任先から帰省した際に殺された男性。かくれんぼの最中に殺された小学生など、犠牲者一人一人に生活があったことを重く感じました。

 

光州事件が起きた当時、韓国では情報統制が行われ、現地で何が起きているのか情報を入手することが困難でした。そんななか一人の記者が国外にニュースを発信します。ドイツ人記者のユルゲン・ヒンツペターさんです。彼が撮った写真は瞬く間に世界各国で報道され、残虐な事件への国際世論の怒りを呼び起こすことになりました。彼がいたからこそ多くの人が光州事件を知ることが出来たのです。

▲光州にある5.18旧墓地。ユルゲン・ヒンツペターさんの爪と髪が埋葬されている。5月18日、筆者撮影。

 

記者の書いた記事やカメラマンが撮影した写真は地域や時代を超え、私たちにメッセージを残します。事件当時まだ生まれていなかった筆者がいまこうして歴史を学べるのも彼らのおかげです。

新聞の役割を再確認するとともに読者 である私たちは見知らぬ国で何が起きているのか、無関心であってはならない、と自戒しています。

 

 

参考記事:

⓵天安門事件

6月1日朝日新聞朝刊1面「天安門事件、30年後の真相 中国紙カメラマン撮影」

6月1日朝日新聞朝刊9面「鎮圧、怒る市民 あの時 天安門は カメラマン『歴史記録した』」

 

②光州事件

5月18日朝日新聞「韓国大統領『約束守れていない』と謝罪 光州事件の式典」

5月20日ハンギョレ新聞「[ニュース分析]文大統領が光州記念演説途中に19秒沈黙した理由とは」http://japan.hani.co.kr/arti/politics/33496.html

5月25日朝日新聞「(みちのものがたり)『光州事件』のみち 韓国・光州 民主化を求めタクシーも行進」

 

参考文献:

タクシー運転手http://klockworx-asia.com/taxi-driver/