「米朝も知らんくせにお笑い語んな、アホ」

落語好きの友達とお笑いについて話していた時、友達に叱責されました。落語の知識なんてほとんど皆無。そんな私がお笑いについて語っているのに腹が立ったのでしょう。中学2年の秋でした。

あの経験がなければ今でもなお、私は落語について無関心だったはずです。中学生にして落語が大好きな友達に出会えて、本当に良かった。あの時、帰路にあるレンタルCD屋へと直行して、本当に良かった。でなければ、桂米朝の落語に出会うことはなかったと思うから。

桂米朝さんが19日、肺炎のため亡くなりました。享年89歳。大阪発行の新聞はどれも、訃報を1面で大きく取り上げています。高座を生で見ることができなかったのが心の底から残念です。「骨つり」「はてなの茶碗」、それに「地獄八景亡者戯」。見たい、聞きたい噺はたくさんありました。

友達に落語が好きなきっかけを聞いた際、こんな答えが返ってきました。

「米朝の家、すぐそこやで」

こんな近くに上方落語の巨星がいることを全く知らず、自分を恥じたのが中学3年の春。私が落語にどっぷりはまった時でした。休みの日に理由もなく、米朝さんに会いたいがため、友達と自転車で近所をウロウロしていました。その時にはもう入院されていたとも知らずに。

やさしい語り口で声が良く、姿勢もピシっとしていて「きれいな」落語家でした。音源や映像でしか拝見したことはありませんが、そう感じます。母親もいま隣で「人がよかった」と、ニュース映像を見ながらつぶやいています。お笑いの原点、神髄を学ぶことができました。米朝師匠、ありがとうございました。

 

参考記事:

20日付 朝日新聞朝刊(大阪14版)1面「桂米朝さん 死去」、社会面「落語愛貫いた巨人」

同日付 読売新聞朝刊(同版)1面「桂米朝さん死去」、社会面「埋もれた噺 発掘」

同日付 日本経済新聞朝刊(同版)1面「桂米朝さん死去」、社会面「『笑いは庶民の文化』」