東尋坊で「命の番人」に会ってきた

切り立った崖の先に立つと、さすがに足がすくんだ。1週間前、私は福井県坂井市の名勝・東尋坊にいた。巨大な柱状の岩が約1kmにわたって続く迫力ある景観は、国の天然記念物にも指定されている。

▲昼間は観光客の姿も見られた(11月16日筆者撮影)

 

▲険しい岩場は足をとられやすく、海からの風も強い(11月16日筆者撮影)

不名誉なことに「自殺の名所」とも呼ばれてきたこの場所に、「命の番人」と呼ばれる人がいる。茂幸雄さん(74)だ。県警を定年退職した2004年にNPO法人「心に響く文集・編集局」を設立し、以来メンバーと共にパトロール活動や相談・伴走支援を通じて600人以上を保護してきた。新聞で茂さんたちの活動を知り、どんな人なのか気になって訪ねてみることにした。

記事を読んだ限りだと真面目一徹な方という印象だったが、茂さんは思っていたよりもかなり気さくだった。NPOの事務所は東尋坊のすぐそばにあり、1階は喫茶店になっている。店の名物は「おろしもち」だ。ピリッと辛い大根おろしに醤油をたらしたものを餅と絡めて食べる。たまたま居合わせたお客さんと世間話をしながらつきたてをいただいた。

私が一番気になっていたのは、人々は自殺を図るためになぜ東尋坊までやってくるのか、ということだ。聞くと、保護する人は福井県外の人が8~9割だという。この地をわざわざ選ぶのは、身投げができそうな崖があるからなのだろうか。

茂さん「みんな、『飛び込んだらあかんやろ』という言葉を待ってるんです。声をかけると『死にたくない、助けてくれ』と涙を流す。“自殺防止”というと死にたい人をなんで止めるんだ、という人もいるんだけど私はこれは人命救助だと思ってます

すんでのところで声をかけてくれる人がいるから、ここに来る。逆に言えば、東尋坊に辿り着くまで誰にも気づいてもらえなかった、すがれなかったということになる。

事務所には、保護した人から回収した首吊り用のロープや大量の錠剤が保管されていた。たった1週間前のことだそうで、その生々しさに言葉を失った。
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