新潮社は25日、月刊誌「新潮45」の休刊を発表しました。
8月号に掲載の自民党・杉田水脈議員のLGBTに関する寄稿が批判を集めていた中、追い打ちをかけるように擁護する特集を組み、火に油を注ぐ事態となりました。新潮社は「会社として十分な編集体制を整備しないまま刊行を続けてきたことに対して、深い反省の思いを込めて」休刊を決断したと述べています。
新潮45の前身は45歳以上の中高年をターゲットにした「新潮45+」で、1982年に文化人の寄稿やノンフィクションを中心とした月刊誌として創刊しました。
もともと文芸誌らしさを併せ持つ雑誌だったと言います。しかし直後から売上は低迷し、廃刊が検討されたこともありました。ここ10年ほどは文藝春秋をライバルにジャーナリズム路線で勝負していましたが、10万部あった発行部数は2万部を切るまで落ちこんでいたそうです。出版業界をはじめ活字媒体の経営が難しくなっているのは事実でしょう。ならば今回も、経営難が呼んだ焦りが原因だったのでしょうか。
雑誌とネットには類似点があるかも知れません。特定の層をターゲットにした情報を発信する、という面では、雑誌とネット・特にSNSの間には親和性があるといえます。雑誌の読者層とSNSの言論コミュニティは、どちらも共通の話題で加熱しがちです。
今回の声明では「編集上の無理が生じ、企画の厳密な吟味や原稿のチェックがおろそかになっていたことは否めない」との説明がありました。しかし本当にそうなのでしょうか。読者層のターゲットを絞り間違えていたのでは、と勘ぐらずにはいられません。
論壇の場となってきた雑誌の休刊は、議論の機会を奪うことを意味します。議論を奪えば言論は必ず分極化することは確実でしょう。悲しいかな、言論の分極がさらに分極を呼んでいるように思えて仕方ありません。
新路線の確立や原点回帰として、復刊させることはできないものでしょうか。
参考記事
26日付 朝日新聞朝刊(東京14版)1面「「新潮45」が休刊」「天声人語」
26日付 朝日新聞朝刊(東京14版)38面(社会)「新潮45 甘いチェック」
26日付 読売新聞朝刊(東京13版)29面(社会)「月刊誌「新潮45」休刊」
26日付 日本経済新聞朝刊(東京14版)1面「春秋」
26日付 日本経済新聞朝刊(東京13版)34面(社会)「新潮社「新潮45」を休刊」