退治された鬼に、もしも子どもがいたら…。「ボクのおとうさんは、桃太郎というやつに殺されました」。桃太郎の故郷岡山県で、そんなキャッチコピーを題材に、鬼の側から考える授業が行われたという記事を以前読みました。固定観念に捉われず相手の側に立つなど多角的に考えることで、見える風景は変わり、物事の複雑さを理解するきっかけになるかもしれません。
昨春、韓国ソウルにある戦争博物館を訪れました。入り口を抜けてすぐに目に入ったのは、「独島」、いわゆる竹島のモニュメントです。スマートフォンで写真を撮ろうとすると、係員の人がおもむろに近づいてきました。写真を撮ってあげるよと、ジェスチャーをします。すると、断る間もなく 私たちは、「独島は韓国の領土」とかかれた襷を肩にかけられ、韓国旗を両手に持たされて、モニュメントの前で写真を撮られていました。なんだか滑稽で友人と笑ってしまいながらも、同時に一つの価値観を押し付けられる違和感を抱きました。
けれども、思い返せば、私たちもまた竹島や尖閣諸島、北方領土は「我が国の固有の領土」という主張だけを学校で教わってきました。問題について深く知ることも、知ろうとする努力もしてこなかったことに気づきました。
領土問題は、各国のナショナリズムがぶつかり合い、外交上の摩擦の原因にもなります。訪韓したトランプ大統領の晩さん会で登場した独島エビや、アイスホッケー南北合同チームで掲揚された竹島入りの朝鮮半島旗なども問題になりました。互いに自国の正当性を国際社会に強くアピールし、相手国の主張は嘘だと決めつける姿勢が先鋭化しています。しかしそれでは、解決策や着地点は見えてきません。
昨日22日は、2005年に島根県が条例で定めた「竹島の日」でした。松江市では記念式典が開かれ、山下内閣府政務官が派遣されました。溝口知事は「最近韓国側を見ると、竹島の選挙を既成事実化しようとする動きを強めている。問題解決のためには日韓両国の政府間の話し合いが不可欠」と対話を求めました。一方、竹島の周辺海域で訓練を行うなど活発な動きを見せる韓国側は、出席に抗議し、式典廃止を訴える声明を出しています。両国の埋まらない溝が垣間見えます。
領土問題に対する関心の低さも深刻化してます。世論調査では、「竹島に関心がある」と答えた人は59パーセントと14年より8ポイント減ったそうです。改定される高校の学習指導要領では、「わが国固有の領土」という主張が明記され、尖閣諸島に関しては「領土問題は存在しないことも扱う」と記されることが決まりました。しかし、一辺倒な考えにとらわれることなく、もっと複雑な部分、歴史的、文化的な背景などを知らなければならないと思います。
式典に先立ち、隠岐諸島の住民と国会議員が意見を述べ合った「竹島問題を語る国民交流会」では、「竹島を返せと訴えるだけではなく、韓国と隠岐の漁業者が話し合い、互いに漁業ができるようになってほしい」「昔の漁労の様子を伝えていきたい」という声が聞こえてきました。領土とはなにか。どんな葛藤や対立の経緯があるのか。領土に関わってきた人々の声や隣国の意見に触れることは、多面的に領土問題をとらえ、深く考えたり議論を活発化させたりすることにつながると思います。
参考記事:読売新聞朝刊 13(東京)版 3面「社説 領土の啓発 地道に続けよ」