伝え続けた水俣の魂

味方じゃち思っとった。一番に支援してくれた方。そして水俣病のことを世に知らせてくれた方

水俣病患者の坂本フジエさんは、記事の中でそう語っています。

地元の人々の苦しみに寄り添い続けた作家・石牟礼道子氏が、逝去されました。小説「苦海浄土」は、主婦として子育てをしながら執筆。水俣市民として内なる目線から、自然と交感しながら暮らす漁民たちが、工場排水に含まれた有機水銀により病苦へと突き落とされる不条理を描きました。また、国や企業との補償交渉の支援にも尽力され、患者や支援者の精神的支柱となりました。

国と一地方都市という関係性。「高度経済成長」という物語の中で、町の振興を支える大企業「チッソ」と被害者となった漁民たちが置かれた社会的位置づけ。選挙や労使紛争ばかりを報じ、公害を片隅に追いやったマスメディア。様々な権力が積み重なり、被害者が地域社会の中で長い間放置された背景を大学で学びました。そして、今なお、水俣病の苦しみは全面的に解決することなく、続いています。

訃報を受け、著書「苦海浄土」を手に取ってみました。豊かな海の生活が奪われる無情さが生々しく描かれ、徹底的に被害者の心に寄り添う思いが伝わってきます。病気のために体が不自由になり、身近な家族の死を経験して「行けば殺さるるものね。」と検診を拒む男の子。亡くなった水俣病患者の解剖に立ち会い、「死ねばうちも解剖さすとよ。」と話す漁婦のゆきさん。無念、憤り、周辺住民からの差別…。それぞれの登場人物の言葉から、痛切な心の叫びが聞こえてくるようで、重く、苦しい気持ちになりました。同時に、「水俣病=公害」という表層的な認識でしか捉えられていなかった自分が恥ずかしくなりました。

利益を前にして、命が軽んじられていないか。自身の利害を超えて、もっと共感の意識を持てないか。石牟礼さんが残されたメッセージを重く受け止め、もう一度問い直さなければいけないと思います。 

心からご冥福をお祈り申し上げます。

参考記事:各紙「石牟礼道子さん死去 水俣病に寄り添う」関連面