夢追いかける男

熱狂的に湧き上がる観衆。スタート前、人差し指を口に当てた「シー」というサインで、異様なほどの静寂に包まれるスタジアム。爆発的な加速力で、前をゆく選手を抜き去り、勝利の喜びを体全体で表現する姿。長年、陸上短距離界の中心には、絶対的王者、ウサイン・ボルトがいました。北京五輪からロンドン、リオと、100200メートルで五輪三連覇を果たし、その圧倒的な強さと人気で「生きる伝説」と呼ばれるようになりました。

 豪快で陽気な言動が、常に注目を浴びました。でも、それだけではなく、ほかの選手やメディア、ファンに対して細やかな気配りを見せる、優しさがありました。超人的な快走にもかかわらず、陸上界に蔓延るドーピングとは無縁のクリーンさで、誠実さも示しました。そして何より、走ることを心から楽しんでいるように見えました。私はそんなまっすぐな姿に心動かされた、ファンの一人です。母国を愛し、ジャマイカの子供たちが義務教育を受けられるように「ウサイン・ボルト基金」を設立して子供たちの夢を応援するなど、社会貢献にも尽力。陸上選手という枠を超えた希代のスターとして、世界にその名を轟かせました。

 昨年のロンドン世界陸上でのラストランは、400メートルリレーで左足にけいれんを起こし、途中棄権。誰も予想できなかった、悲劇的な幕切れで競技生活に終止符を打ったことは記憶に新しいでしょう。しかし、これから第二の伝説が始まるかもしれません。

ボルト選手は3月に、香川選手も所属するサッカードイツ一部リーグ・ドルトムントの入団テストに挑戦することを明かしました。セカンドキャリアでサッカー選手になる目標を語っており、サッカー転向への第一歩となりそうです。以前からマンチェスター・ユナイテッドの大ファンと公言しており、「僕の最大の夢の一つはマンチェスターUと契約すること。もしドルトムントがやれるといえば、どんどんやるよ。」と話しました。快足を生かせる最前線の左右のFW、ウィングでプレーすることを希望しています。

 サッカーを甘く見ている。そんな批判も、もちろんあります。でも私は、結果がどうあれ、チャレンジを続ける姿勢は素敵でかっこいいと思います。いくつになっても、自分の夢を追いかける人でありたい。夢に向かって、現状に満足することなく走り続けていたい。ボルト選手の決意を知り、そう率直に思いました。

 ボルト選手といえば、天空に矢を引くポーズがおなじみ。ゴールを決めて、あのパフォーマンスを披露する姿をひとめ見てみたいものです。

 

参考記事:9日付 各紙「ウサイン・ボルト サッカー転向?」関連面