【映画×ジャーナリズム②】『i 新聞記者ドキュメント』―森達也監督が撮る 新聞記者望月衣塑子―

 引き続き、ゴールデンウィークの映画合宿で鑑賞した映画を紹介します。筆者は前回担当の綱岡さんと同じ大学のゼミナールに所属しており、ともに2日間で6本の映画を鑑賞しました。映画合宿ではゼミの指導教員の専門分野であるジャーナリズムに関する映画を鑑賞したのですが、普段観る作品とは異なるジャンルのものだったので、学びの多い貴重な2日間になりました。

 今回紹介する映画は『i 新聞記者ドキュメント』で、森達也監督が新聞記者の望月衣塑子さんに密着したドキュメンタリーです。この作品が印象に残ったのには、以前大学で森監督の授業を受けたことがあることも理由の一つです。そこで学んだことが映画の随所に現れているように感じ、映像の切り取り方からも様々なことを考えました。

 本作品は、新聞記者望月衣塑子さんの姿を通じて、日本の報道の問題点や日本社会の同調圧力、忖度の問題に迫っていきます。第32回東京国際映画祭の舞台挨拶で、望月さんは「伝えたいこと、変えなくてはいけないのではないかと思うことを、ひとりひとりが自身で問いかけ、気づくことで、少しずつ社会や政治が変化していく。映画がそのきっかけになっていれば」と語っていました。筆者は本作品に出会い、望月さんの生き方から現在の自分自身や日本社会について考えるきっかけを得たように思います。

 作中では、望月さんが会見で質問する様子、国会付近で密着取材に応じる姿が映し出されていました。望月さんが質問する場面では、司会者から「端的に質問して下さい」などと割り込まれながらも、記事を書くにあたり必要な情報を得るためにめげない姿勢が印象的でした。主権者たる国民に必要な情報を届けるために記者がいる。望月さんの仕事に対する熱量からは使命感も伝わってきました。

 強く印象に残ったのは、日常的なシーンです。取材の場面では政治家との激しいやり取りが映し出される事もあり、ネットニュースなどでそのような場面だけを見たら、望月さんに対して目立った人、やりすぎなのではないかという印象を抱く人もいるかもしれません。しかし、出張先から家族と通話し他愛もない会話を楽しむ姿、旦那さんが作ったというお弁当を食べる姿からは鑑賞者と同じ人間的な印象を受けました。日常的なシーンからは、森監督の「メディアは切り取る側、発信者側の主観が必ず含まれる」「主観が含まれないメディアはない」という言葉を思い出しました。全15回の講義の中で森監督はこの言葉を何度もおっしゃっていました。

 日常的なシーンを撮り、作品に用いたのは、一部メディアでは望月さんが目立った存在として取り上げられているかもしれないが、彼女は「仕事に対する熱量が高い、多くの人と変わらない人間的な一面を持っている」というメッセージが込められているのではないかと解釈しました。森友学園問題関係者の籠池夫婦出演シーンからもそのようなメッセージを感じました。籠池夫妻が森監督にどら焼きを勧めたり、今日の一句を読んだりするシーンはニュースで取り上げられる姿からは想像できない、ユーモアに溢れる「普通の」夫婦でした。ここでは紹介しきれませんが、一つ一つ切り取られたシーンには監督の主観、メッセージが込められていることを強く感じました。

 2019年に公開された映画『新聞記者』は望月さんの著作を基に撮られた作品です。河村光庸プロデューサーの発案で、脚本にはなかった「この国の民主主義は形だけでいいんだ」というセリフが付け足されたそうです。この発言には今の日本の最大の問題が凝縮されているとも言われています。『i 新聞記者ドキュメント』の中で望月さんが政治家に対して鋭い質問で切り込む姿勢からは、日本の民主主義を形だけで終わらせない、国民に知らせるべき情報を届けようとする決意を感じました。

 映画を鑑賞した後にゼミ生には感想を発表する時間が設けられていたのですが、「今まで抱いていた望月さんの印象(過激な人)とは違った姿が見られた」「記者という仕事に対する熱量が感じられた」「信念を抱き、自分の主張を曲げない姿勢がカッコよかった」という意見が聞かれました。筆者は普段周囲の目を気にするあまり、なかなか自分の意見を言えないこともありますが、望月さんや森監督の姿から信念を持って取り組むことのかっこよさ、意思表示することへの勇気をもらったように感じます。同じ映像を観た人でも多様な解釈が生まれ、人それぞれの受け止め方に正解も不正解もない、そこに映像メディアの良さがあるのだなとも思いました。

 2024年3月29日から映画『オッペンハイマー』が日本でも公開されることに先立ち、3月12日に広島県で学生向け試写会が行われました。この試写会には森達也監督も参加していました。試写後には「第2次世界大戦では日本もアジアに対して加害をしてきたわけで、視点をたくさん入れることは本当に大事なこと。日本は被爆国というカードを全然行使していないことを若い世代で共有して、どんどん広めてほしい」とコメントしていました。歴史やジャーナリズム、社会問題という一見難しいと思われる事柄に関しても、映像メディアで発信することによって幅広い世代が考えるきっかけになるのではないかと思います。『オッペンハイマー』や森達也監督の『福田村事件』にも興味があるので、今後は幅広いジャンルの映画を観ていこうと思います。

参考記事
2019年7月4日付 朝日新聞デジタル 「映画『新聞記者』、久々の政治エンタメ 官僚は言った『この国の民主主義は形だけでいい』=訂正・おわびあり」
2024年3月13日付 朝日新聞デジタル 「『オッペンハイマー』被爆地はどうみた 広島で試写会、元市長ら語る」

参考資料
東京国際映画祭「森達也監督、東京新聞記者・望月衣塑子氏を『泣かせたかった』 勝負の行方は『完敗』」https://2019.tiff-jp.net/news/ja/?p=53810 (2019年)