【映画×ジャーナリズム】『ゆきゆきて、神軍』ー前科三犯のアナーキスト 奥崎謙三ー

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 筆者は、大学のゼミで開かれた映画合宿に参加しました。ジャーナリズムや調査報道がテーマとなった映画を2日で6本見るという合宿で、非常に有意義な時間でした。この記事では、その中でも特にインパクトの強かった作品『ゆきゆきて、神軍』を紹介します。

 『ゆきゆきて、神軍』は1987年に公開され、ドキュメンタリー映画の鬼才と呼ばれている原一男さんが監督を務めています。あの世界的に有名なマイケル・ムーア監督もこの作品を「世界最高のドキュメンタリー映画だ」と大絶賛していて、強く影響を受けたと言われています。

 映画の主人公は、第2次世界大戦での激戦地であったニューギニア戦線から奇跡的に生還した奥崎謙三氏です。かつて自らが所属していた第36連隊のウェワク残留隊で、終戦から23日後に上官による部下射殺事件があったことを知り、全国各地で暮らしている元上官をアポ無しで訪問し、事件の真相を追求していきます。

 本編の見どころとしては、やはり奥崎氏の強烈なキャラクターが挙げられます。映画冒頭で彼は前科3犯のアナーキストとして紹介されます。

 終戦後に帰国した彼は、妻の奥崎シズミと共にバッテリー商を営んでいました。そして1956年に店舗の賃貸借をめぐる金銭トラブルから不動産業者を死なせ、傷害致死罪で懲役10年の刑に服しました。

 出所後の1969年には、皇居の一般参賀で「ヤマザキ、天皇を撃て!」と叫び、昭和天皇にパチンコ玉を発射します。天皇に玉が当たることはありませんでしたが、懲役1年6ヶ月の有罪となります。

 1972年には、銀座、渋谷、新宿の歩行者天国でポルノ写真に天皇一家の顔写真をコラージュしたビラをばらまきました。全国指名手配された後に逮捕され、懲役1年2ヶ月を言い渡されました。

 出所後も、『田中角栄を殺すために記す』という本を自費出版し、殺人予備罪で逮捕されたものの不起訴になるなど、彼の過激な思想と異常な経歴に筆者は度肝を抜かれました。

 本編では、そんな彼が殺された同僚の遺族とカメラマンを従え、元上官に突撃取材をします。なかなか口を割らない様子に痺れを切らした奥崎は、馬乗りになり殴りかかったと思いきや、自ら警察や救急車を呼ぶなど、私たちの想像を軽々と超えてくる行動の連続に思わず笑ってしまうようなシーンが多くあります。

一見ただの異常者のように見えますが、彼の常軌を逸脱した行動の背景には、戦争という悲惨な経験、この世を去った仲間への想い、人一倍強い正義感が横たわり、ここから生まれた屈強な信念が彼を駆り立てていることがよく分かります。

「木の根っこからてっぺんまで食べた」「人肉を食べるしかなかった」など、元上官の口から語られる事実はどれも衝撃的で、どれほどの思いで生き抜いてきたのか、戦争の現実を知ることができる貴重な情報が多く語られています。戦争の過酷さと絶望的な状況下で生きるために彼らがせざるを得なかったことを知り、改めて絶対に戦争が繰り返してはならないものであると深く思いました。

 全国各地を訪ねる彼の行動力と、絶対に真相を解き明かそうとする、ジャーナリズムにも通じる強い精神力など、見習うべき点も多くあると筆者は感じました。何が悪で、何が善なのか、教わることのない歴史の陰をこの映画では学ぶことができます。そして、この作品は衝撃的なラストで幕を閉じます。ぜひ、皆さんも一度ご覧ください。

【参考文献】

『ゆきゆきて、神軍』 原一男(1987年)

『ゆきゆきて、神軍』ホームページ 原一男監督作品

2021/2/17付 朝日新聞デジタル (インタビュー)「ふつうの人々」撮る理由 映画監督・原一男さん (インタビュー)「ふつうの人々」撮る理由 映画監督・原一男さん