先日、京都先端科学大学で開かれた講演会「交通犯罪『被害者遺族たちの声』」の取材にカメラアシスタントのアルバイトで参加しました。交通事故により、愛する人を失った被害者遺族の方々のお話を聞き、月日が経った今でも悲しみや苦しみと戦い続けていることを痛感しました。
2012年に京都で起きた亀岡暴走事故により、ご家族を失った中江美則さんは、「一人でも加害者を作らなければ、犠牲者も生まれない」という思いから受刑者の再犯防止と更生援助を手掛ける「NPO法人 ルミナ」を立ち上げ、交通犯罪の再発防止に尽力しています。苦しみを抱えながらも、社会のために活動する中江さんの信念に深い感銘を覚えました。
一つ一つの言葉に重みを感じたのですが、2019年に起きた池袋暴走事故でご家族を失った松永拓也さんの「ミスをした人間の言葉には、必ず社会をより良くするヒントが隠されている」という言葉が特に印象に残りました。松永さんは「心情等伝達制度」という制度を利用して、事件の加害者と交流を図ったそうです。今回は、この「心情伝達制度」について考えます。
2022年6月に刑法改正で「心情等伝達制度」が導入され、同年12月に運用が始まりました。被害者や被害者遺族の方、もしくは法定代理人が少年院や刑務所といった矯正施設に申し出て、施設職員を介して加害者に思いを伝えるというものです。専任の被害者担当官が被害者の心情を聴き取り、その内容を書面にまとめます。それを加害者に示したうえ、希望があれば伝達した際に加害者が述べたことを被害者らに知らせます。
この制度は、被害者の気持ちや現状を伝えることを通じて、加害者の更生につなげることが目的とされています。さらに加害者からの謝罪の言葉などを被害者側が受け取ることができるようになりました。
実際にこの制度を利用した人の声はどうでしょうか。「職員の方と話す中で、また加害者に何を伝えるか考える中で事件に向き合い、自分の気持ちを整理することができた」「前向きに生きていくきっかけになった」と前向きな評価がある一方、「加害者から納得のいく返答がなかった」「被害弁償を行うと言われたが実際はきちんと行われなかった」など、満足いかない結果となった例もありました。
松永さんの仰る通り、犯罪や過ちで服役している人間にどうして犯罪を起こしたのか、どのような社会であれば犯罪は避けられたのかという問いを投げかけ、それに対する返答を知ることはより良い社会を作る重要な手がかりになると考えます。また、被害者の心情が分かることで、加害者は事件から目を背けずに真摯に向き合うようになるでしょう。それは自分が今後どう生きるべきなのかを改めて考える機会となり、更生や再犯防止に繋がることが期待されます。
講演を聞くまでは、もし自分が被害者の立場なら、幸せな日常を壊した加害者を許すことは一生できないと考えていました。しかし、中江さんや松永さんは、憎しみは消えないものの、社会のため、自分のため、そして亡くなってしまったご家族のために活動しています。そのことを知り、相手を許す許さないではなく、新たな加害者を生み出さない環境を作ることが大切なのだと考えるようになりました。一人でも多くの尊い命が理不尽な形で損なわれない社会を私たちの手で作り上げていきましょう。
[参考記事]
4月18日付 朝日新聞 いつも通りの朝だった 池袋暴走5年、絶えぬ高齢者事故
2015/4/24 朝日新聞 まだ癒えぬ傷、胸に 交通事故根絶を願う 亀岡暴走事故から3年/京都府
[参考文献]
法務省 刑の執行段階等における被害者等の心情等の聴取・ 伝達制度に関する検討会
法務省矯正局 「刑の執行段階等における被害者等の心情等の聴取・伝達制度に関する検討会」での議論を踏まえた制度運用の方向性