中学校の内申点格差 なんで私は4であの子は5なの?

大学受験に就職活動。進路を左右するタイミングは記憶に残ります。嬉しさや悔しさ、あらゆる感情がその出来事に詰まっているからです。今までの23年間で嬉しかった瞬間を考えた時、いつも思い浮かぶのは、「高校の合格掲示板で自分の番号を見つけた瞬間」です。「落ちてるかもしれない」という言葉が頭の中でぐるぐる繰り返されながら向かった分、喜びも大きかったのでしょう。

第一志望の都立高校に合格し、受験勉強も報われましたが、いつ振り返っても内申点に苦しめられた高校受験だったとも感じます。

筆者の通っていた中学校は一学年に7~8つの学級があり、地元でも有名なマンモス校でした。そのため、規模の小さい他の学校に比べ、評定の基準が厳しく付けられているように思いました。実際に、成績について、先生に不服を申し立てに行った際、「うちの学校は人数が多いから、90点とか取ってたとしても皆に5は上げられないのよね。だって、そうしたら受験の時にうちの学校から合格する子が多くなっちゃうでしょ?」と言われました。ですが、この理屈は母数が多い学校がむやみやたらに良い成績を付けてしまった場合の話で、成績を下げる理由にはならないのではないでしょうか。

平成13年の文科省からの通知によって、中学校における成績の基準は、観点別評価に基づく絶対評価です。観点別というのは、時期によって変わるようですが、「知識・技能」、「思考・判断・表現」、「主体的に学習に取り組む態度」などの項目に分けられ、それぞれの評価を総合して5段階評価が付くという仕組みです。そもそもが「絶対評価」であるにも関わらず、教師が他の学校への「配慮」として、その基準を崩してしまうのはどうだったのでしょうか。基準があるのなら、不平等にあげるのも、不平等にあげないのも、いけないはずです。

筆者とは反対に、高校の友人は、出身中学校の規模が小さかったから評定も甘く、80点でも5がもらえたと話していました。結局は、文科省が基準を提示しても、現場の職員の裁量がすべてなのか、と思えてきます。ですが、それでは文科省の通達通りに「絶対評価」にしてみたり、逆に筆者の経験のように、都合の良いところで「相対評価」の理屈を引っ張ってきたり、評価方法があってないようなものになってしまいます。成績が来学期へのモチベーションとしての役割に留まるのなら、それで良いかもしれませんが、中学校の成績は高校入試にも使われるため、学校間で認識を共有すべきものではないでしょうか。

筆者が中学生だったのは、もう8年も前になります。そのため、現在、教育現場でどのような基準で成績評価が行われているのは分かりません。ですが、2日の読売新聞では、千葉県の公立中学校間で、成績の評価格差があると報じられています。生徒が13~15歳と幼いため、教師から何かしらの理由を言われれば、それで納得させられてしまうのかもしれませんが、生徒の進路のためにも、より明確で透明性のある成績評価がされなければならないと感じました。

 

参考記事:

3月2日、読売新聞オンライン、「千葉県公立中で成績分布ばらつき、『半数が5』の一方で『5がいない』学校も…内申点に直結し『学校ガチャ』の声