読売新聞の不定期連載「地球を読む」で、ジョセフ・ナイ氏による台湾問題の分析が掲載されました。氏は1972年のニクソン訪中以来の米中関係史に触れつつ、鄧小平が述べた「将来世代の知恵」という言葉を引用しています。
ソ連を牽制するために国交樹立を選んだ米中。「一つの中国」原則を認めつつも、台湾との関係については完璧な合意に至らず「将来世代の知恵」に解決を委ねることになりました。ジョセフ・ナイはこの時間稼ぎを評価し、米中は互いに貿易増加や経済成長の恩恵を得たとしています。
しかし、2000年前後から中国が経済成長と同時に軍事力を強化するようになると、中国脅威論が勃興します。米国の対中政策は徐々に「戦略的パートナーシップ」から「戦略的競争相手」へと変わり、台湾問題をめぐる摩擦も増しました。ジョセフ・ナイは記事の最後に、時間稼ぎ戦略の有効性を改めて言及したうえで、米国は中台双方に対して適切な制御を行うべきだと主張しています。
国際政治学の大家の主張には説得力があります。時間稼ぎを選んだ結果、確かに米中関係は50年間平和的な発展を遂げてきました。問題が全く存在しなかった訳ではなく、中国側が重商主義的に国際貿易システムを操り、米側の知的財産権を盗用あるいは移転を強要したこともあります。その一方、iPhoneなどの製品を生産してもらったり、4兆元の景気対策でリーマンショックからの回復を支えてもらったりするなど米国が助けられた面も多々ありました。
しかし昨今、台湾海峡両岸の軍事力の差は広がるばかりです。将来のビジョンなき時間稼ぎ戦略では目先の軍事力バランスばかりに目がいき、その緊張関係はいつか必ず戦争に帰結します。台湾が中国による実効支配を望んで受け入れる、あるいは中国が台湾の独立を認める、という平和的な解決に至る可能性は極めて低いように思えます。
時間稼ぎの先には明確な青写真を描く必要があるでしょう。理想は米・日・中・台の安定した政治経済関係です。これを実現するには馬英九政権の外交戦略が参考になります。中台首脳会談を実現するなど良好な対中関係を維持しつつ、同時に日本との協力関係を深めることに成功しました。安倍首相には、中国の歓心ばかり買っていると誤解されていましたが。
松田康博氏が『日台関係史 1945-2020 増補版』において評価した、馬政権のしたたかな全方位外交。台湾現政権にこの作戦を授けて、日米も積極的な対話外交を以て中国を巻き込んでいくことが地域の安定に必要なのではないでしょうか。
参考資料:
25日付 読売新聞朝刊(京都13S版)1面「地球を読む:米の台湾政策 時間稼ぎという知恵」