「伝え方の責任」を自覚できれば

「相手にどんなに腹が立っていたとしても、相手が傷付く伝え方を選択した責任がある」

先月参加した化粧品ブランド「YSL beauty」がNPO法人saya-sayaさんと行ったDV防止イベントの中で、最も印象に残った言葉です。DVについて考える際、被害者に焦点を合わせたニュースは多く目にしますが、このイベントは、被害者の周囲に対して自覚を促すプログラムに力点が置かれていました。

DVの被害については、家庭内での暴力のみならず交際相手の間で行われるデートDVもあり、実際の被害者数を把握するのは極めて困難です。被害の内容も身体的暴力、性的暴力、経済的暴力など多岐にわたります。こうした問題は後を絶たず、死に至る人まで。にもかかわらず、なぜ根本的な解決に至らないのでしょうか。

筆者は、DVの被害が根深い理由の一つに、関係者が自覚を持ちづらいことが挙げられると思います。プログラムの中では友人がDVを受けている可能性がある際の適切な声掛けが紹介されていました。筆者は、恋人のことで相談された際の声掛けが全て間違えていたことをその場で初めて知りました。束縛を受けている、待ち伏せをされる、呼び出されたから帰らなければならない様々な相談を聞いた末に思わず「酷い人だね、別れちゃいなよ」と言っていました。3名ほどにです。

恋人関係に悩む友人に強い気持ちを取り戻させるつもりでかけた言葉が、相談しづらい環境をつくる言葉だったのです。あなたが強くなればいい。そうしたメッセージを含む一言があると、リラックスしながら相談できる環境をつくれません。正しくは、「あなたとお茶をしたい」など気軽に声を掛けた上で、話を聞きながら「自分自身はどうしたいのか」を被害者から引き出すように優しく問い掛けるのが必要だそうです。周囲の自覚のなさが、被害者を孤立させる土壌に繋がると実感した瞬間です。

さらに筆者が冷や汗をかいたのは、加害者の心理を説明するプログラムでした。そこでは、DV加害者がよく発する「向こうが悪い」などの被害者を責める言葉が紹介されました。「先に向こうがこちらに危害を加えた」。こうした言い分に、少しだけでも同意してしまう自分がいたのです。これは恋人間のみならず、友人、職場の同僚など様々な人間関係の中で湧き立つ感情かもしれません。

自分ばかり仕事を振られた、彼氏・彼女がしつこく電話をしてきてノイローゼになった、友人が何度も不快に感じる発言をしてくる。一瞬、そうした日常で感じる些細な被害意識が頭に浮かびました。加害者側もストレスが溜まったのではないか。DV被害者に対してこういった意見を浴びせる人もいます。

しかし、これらは全て冒頭で紹介した「傷付ける伝え方を選択した責任がある」という指摘の前に敗れると思います。腹が立った次に、相手への意思の伝え方を選択する瞬間が必ずあります。この時、離れる、言葉で伝える、知人に介入してもらう。様々な選択肢が存在する中で暴力を選んだ責任が加害者にはあるのです。その暴力には、性的暴力、経済的暴力、精神的暴力が含まれます。

これらのプログラムに参加し、啓発行動がDVの被害拡大に非常に有用だと感じました。友人、加害者、被害者全ての関係者が「人間関係」という曖昧な関係性の中で生じる被害を認定しづらいことが原因にある。だからこそ、DVには一体どんなサインがあるのかを学び、加害者の心理や被害者への正しい声掛けを知るだけで「自覚」が生まれます。

そして何より、加害者になりうる人々に「伝え方の責任」を啓発することは大きな力になるはずです。これらの話はいじめ問題やパワハラなどの様々な社会の課題にも通じるものです。今回参加したプログラムは、高校などでも実施しているそうです。こうした活動は、DVの被害者・加害者になる可能性の芽を摘むことに繋がると強く思います。

人間は未熟です。多様な人が接し合う社会だからこそ、様々な感情が掻き立てられる。筆者もその一人です。DV問題を議論することは、恋愛のみならず社会のさまざまな問題解決に繋がるのではないでしょうか。全員が学ぶ必要のある課題だと痛感します。

【参考記事】

12月19日付 日経新聞朝刊東京12版2面「精神的暴力でも被害者接近禁止 政府DV防止法改正へ」