時代に合わせた伝統継承のあり方

あることによって巡り巡って意外なところへ影響が出ることを表したことわざ、「風吹けば桶屋が儲かる」。強い風によって砂ぼこりが起こると、それが目に入ったため盲人が増え、その人達が三味線で生計を立てようとする。そのため、三味線が多く必要になり、胴に張る猫の皮の需要が増えて猫が減り、その結果、天敵がいなくなったネズミが桶をかじるので桶屋が儲かって喜ぶというものです。

今日の感覚では意外かもしれませんが、このことわざにもあるように三味線には猫や犬の皮が使われています。他にも動物を素材にした楽器は多く、蛇の皮を使った三線や、アルマジロの胴体を共鳴箱にした南米のギターのチャランゴ、バイオリンの弓には馬のしっぽの毛が使用されています。クラシックや民族音楽のルーツは古く、合皮などもない時代には動物の皮や骨を用いて楽器を作るのは、歴史的な背景からも自然だと思います。しかし、科学技術が進歩した現代でも、合皮ではなく、生き物を使って作成される楽器は少なくありません。近年では、合皮や化学樹脂でできたものも手入れが楽で普及しているといいますが、楽器の命である音で比べてしまうと、動物の体を使って作られた物には独特の柔らかさなどがあり、化学的な材料による楽器はやはり格下になってしまいます。

価値あるものだとしても、動物愛護の観点からは反発があり、三味線業界の衰退はしばしばニュースにも取り上げられています。猫や犬の皮は国内で手に入れることは難しく、中国や東南アジアからの輸入に依存しているのが現状です。しかし、動物愛護法により、外国から皮を入手することも困難になっています。猫や犬の皮を使わずに、オーストラリアに人口の2倍もいるというカンガルーの皮を代替品とする動きもあるようですが、2年前の京都市芸術文化協会によるヒアリング調査によると、評価できる点はあるものの、カンガルーの皮は厚く、音が硬いなどの難点があるようです。また、同じ動物なのに、犬や猫ははばかられ、その代わりにカンガルーの皮を剥ぐのは許されるのかという見方もできます。

確かに動物の犠牲の上に成り立つ楽器は、今の時代には馴染まないと感じます。けれども、今まで築いてきた伝統は継承されていくべきだとも思います。実際に、このような邦楽器の衰退を受け、京都で伝承される最も古い形とされる柳川三味線では、胴に使用する皮を和紙で代用するプロジェクトが、美濃和紙で太鼓の皮を作った実績を持つ岐阜県産業技術総センターとの協力のもと進められました。和紙の三味線は、合皮よりも猫の皮を使った三味線の音色に近く、小ぶりな大きさで柔らかい演奏をする柳川三味線との親和性が高いという特徴を持っています

文化を後世に残していくためにも、持続可能な材料で楽器を作る工夫が現在の伝統芸能には求められているのでしょうか。

 

参考資料:

Kizuki.Japan、「三味線の皮を和紙に代替するプロジェクト

公益財団法人京都市芸術文化協会、「令和元年度『伝統芸能用具・原材料に関する調査事業』委託業務 調査報告

 

参考記事:

2022年10月22日付毎日新聞夕刊(東京)1面、「『チントンシャン』守れるか 三味線業界曲がり角 猫皮製に動物愛護の壁/愛好者減少

朝日新聞デジタル2021年12月17日、「京都・柳川三味線の伝統を守れ 持続可能に和紙で代用

読売新聞オンライン2021年4月15日、「三味線や箏の継承ピンチ…文化庁、部活動に貸し出し支援