中東鉄道旅 290万イラン・リヤルでこんなに温かい気持ちになるなんて【後編】

18時2分、列車は砂漠に囲まれた街、セムナーンに到着した。列車を降りたのは私と60代とみられるおばさんの二人だけ。車内で出会ったお兄さんに書いてもらった紙を彼女に見せると、すぐに状況を理解してくれた。この紙、すごい。一緒に駅長室に向かってくれる。

部屋では、鉄道会社の社員と思われる人が3人、椅子に腰かけて雑談をしていた。おばさんの説明を受けた社員さんは、10分後に逆方向の列車が来るからそれまでここで待っていればいいと教えてくれた。やっと少し気持ちが楽になった。

一緒に列車を待っていたおじさんたちから出身国を聞かれたので、「日本」と答えた。彼らの表情が急に緩んだ。「サムライは好きか」など、次から次に質問が飛んでくる。その一人が「けっこう順調だよ」と言いながら、スマートフォンの画面を見せてきた。バレーボール男子世界選手権のライブ映像。キューバと戦う日本は既に2セット取って試合を有利に進めていた。「いやー、今のは惜しかった」と日本チームを応援してくれていた。私はとてもそんな気分ではなかったが、それでも気を利かせて話しかけてくれたことは嬉しかったので、気持ちが入らないまま応援をした。

テヘラン行の列車がホームに滑り込んできた。車掌と思われる人が3人、駅長室にやってくる。私の事情を記した「例の紙」に目を通した一人がクスッと笑った。そりゃそうだ。こんな無鉄砲な観光客、なかなかいない。

車掌は「こっちに来な」という手振りをし、私は列車に乗り込めた。一般車は満席なので、食堂車に乗せてくれるようだ。

食事の時間帯ではないからだろうか。その車両にいたのは数人だけ。ぶどう酒のように深い赤色のテーブルクロスが高級感を漂わせていた。私は砂漠の風を受けながら、車窓をぼーっと眺めた。列車代70万イラン・リヤル(約380円)もその場で支払った。

突然、斜め後ろのテーブルから声がした。セムナーン駅で一緒に下車したおばさんだ。この人も私と同じようにテヘランに戻るということなのか。手招きをされたので、おばさんの前の椅子に座る。机の上にはキノコのシチューのようなものとライス、そしてヨーグルトがあった。いずれも飛行機の機内食のようにアルミホイルの容器に入っている。おばさんは厨房から皿を持ってきて、丁寧にそれらを分けてくれた。朝から全く飲まず食わずだった私は、ありがたくいただいた。中東の中でも比較的アジアに近いイラン。他国よりも米が出されることが多い。なじみ深いお米が本当においしかった。

湿度が20%にも満たないこの国は、平均して70%近くという日本の夏に比べて蒸し暑さがない一方、かなりカラカラだ。食事中、揺れる車内で乾ききった唇を3回も噛んでしまい、料理にはない鉄の風味を感じた。

いろいろなものを味わっている最中、私の所にも新たに「機内食」が届けられた。ん、どういうことだ?としばらく困惑。どうやら、先程おばさんが自分の分を分けてくれたのは、食事が届くまでの間お腹を空かせていた私への気遣いだったみたいだ。この人も本当に優しかった。

日が沈んだ後の車窓(19時58分、筆者撮影)

日本で5時間前に沈んだ太陽が、ここイランでもとうとう砂漠の下に隠れていった。おばさんは私がペルシャ語が分からないということに気づかず、食後ずっと話し続けていたが、私の反応の薄さに勘づいたのかだんだんしゃべらなくなった。それを見かねた別のテーブルの乗客が私にスマホを差し出す。そして、双方がgoogle翻訳アプリで文字を入力しながらのトークが始まった。ここまでして話そうとしてくれる気持ちが素直に嬉しかった。音のない会話は1時間に及び、気づけば列車はテヘラン中央駅に到着していた。6時間、500kmの鉄道旅が終わった。

 

6日間に及んだイラン旅行。たまたまかもしれないが、私は多くの親切な方に出会った。それが意外だった。私はイランの人ことを何も知らないと思いながらこの国に入ったが、頭の中にあるイラン人の情報を載せたキャンバスは真っ白じゃなくて、もともと色味がかっていたんだということに、現地に行ってみて気づいた。

ウクライナ侵攻をするロシアに武器を供与している。髪の毛を隠す布「ヘジャブ」の着け方が不適切だったとして宗教上の理由から逮捕された22歳の女性が16日に急死し、内外で抗議活動が広がる。イランという国は日本とは違う価値観の下で動いているところが少なくない。でも、それは国としての振る舞いであって、そこからイラン人の性格や国民性が分かるわけではない。

旅行中、何人かのイラン人とインスタを交換したが、数日前つながらなくなった。「ヘジャブ」を巡るデモに対して政府が締め付けを強め、ネットの接続制限をしているからだ。私に親切にしてくれた人たちは今、どう過ごしているのだろうか。そのことをずっと考えている。

 

参考記事:

9月29日 朝日新聞デジタル「政府、締め付け強める ヘジャブ巡る抗議行動 イラン

9月22日 朝日新聞デジタル「逮捕女性の死、広がる抗議 イラン、髪隠す『ヘジャブ』きっかけ 政府批判デモ、死者・暴徒化も