中絶 20代で7万人 心がけよう、責任ある性交渉

筆者は村上春樹の小説を愛読しています。リベラル派として知られる彼の小説は読むたびに考えさせられるものがあります。村上春樹と出会ったのは大学2年生の秋でした。コロナ禍で特にやることもなく、暇を持て余していた筆者は、師事している教授が勧めるままに村上の『羊をめぐる冒険』を読みだし、寝食を忘れて没頭したのを覚えています。

お気に入りの作品は『海辺のカフカ』です。主人公であるカフカ少年の大冒険や、村上独特の隠喩的な世界表現が好きというのもありますが、それ以上に土地的なつながりを感じました。作品の舞台は東京都中野区野方と香川県高松市。野方は当時筆者が住んでいた場所であり、高松は筆者の出身地です。運命的な作品であるといえます。

特に印象的だったのは『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』です。この本をきっかけに中絶問題に関心をもつようになりました。主人公の友人である白根柚木は大学生のときに強姦の被害にあい妊娠してしまいます。しかし、中絶をきらい、出産にこだわります。これは、彼女の父親が産婦人科医で、日頃の中絶手術を見て嫌悪感を抱いていたからです。嫌悪するほどの医療行為とは一体、どういったものなのでしょうか。

 

掻爬法(ソウハホウ)と呼ばれる手術がこれにあたります。金属製の器具を子宮口からいれ、子宮内部にある妊娠組織をかき出す方法です。見た目のグロテスクさは相当でしょうし、数ヶ月経てば他と変わらぬ赤ちゃんとして生まれてきたであろう存在を無機質な物質のようにかき出すというのは、心理的に辛いものがあるといいます。

日本で認められている中絶手術は、上述した掻爬法と、シリコン製の柔らかい吸引器で妊娠組織を吸引する真空吸引法の2種類です。海外で多く使用されている経口妊娠中絶薬は使用が認められていません。中絶の33%が掻爬法、47%が掻爬法と吸引法の併用で残りは吸引法のみとなっています。WHOは掻爬法を時代遅れの中絶方法としており、吸引法や薬剤を使用するべきとの勧告を出しています。そんなやり方が未だ8割で使われているのですから、日本の中絶事情の歪な様相が伺いしれます。

 

日本と異なり、海外では中絶に関する議論が盛んに行われ、中絶の方向が先進的にも保守的にも傾きます。今週火曜日に朝日新聞デジタルで配信された記事では、性的暴行を受けて妊娠し、中絶を希望するも、「中絶は罪だ」と母親が認めず出産するしかない11歳の少女の例が紹介されていました。ブラジルはカトリック信者が多いため中絶に否定的で、中絶をするには判事からの許可を得る必要があります。

ブラジルの他にも、カトリックや福音派プロテスタントの信者が多い地域では、中絶権に対し否定的な傾向があります。昨年9月1日にはテキサス州で妊娠6週目(赤ちゃんに手や足ができ始める時期)以降の中絶が禁止となる法律が施行され、今年6月には米国連邦最高裁が中絶権を認めた1973年の判決を覆す判断を示しました。日本では、妊娠21週6日目(赤ちゃんの脳にしわができ始める時期)までの中絶が認められており、テキサス州の法律はこれより大幅に短くなっています。

敬虔なクリスチャンの女性にキリスト教圏で中絶が忌避される理由を尋ねたところ、「神様にとって命はとても尊いもので、その生命を人の手によって奪うことは胎児であろうと殺人に値すると考えられているのが大きな理由」だそうです。

 

強姦などの特殊な条件を除き、筆者も中絶には抵抗感を抱いています。胎児を殺すことだけではなく、母親にも大きな精神的ショックを与えるからです。TwitterなどのSNSでは中絶を経験した女性の葛藤が多くつぶやかれています。「中絶の残酷なところは、覚悟を決めた後にどんどん母性がでてきて、どんどん愛情がでてきて、会いたいって思うこと」。我が子を堕ろす決心をした女性の心境は、男性には計り知れないものがあります。

中絶はどのような文脈においても悲劇です。未来を奪われた子供や、ショックを受ける女性を再生産しないためにも、男性には責任ある性行為が求められます。避妊具はしっかりつけましょう。一時の快楽を求めた途端、取り返しの付かないことになってしまうのです。

大学にいると、大人数と肉体関係を持ったであるとか、行為の最中に避妊具を外しただとか、そういったたぐいの「自慢話」を多く耳にします。爛れた性生活は武勇伝ではありません。できちゃったら中絶すればいいという軽い気持ちではなく、責任ある人間としてパートナーと向き合うべきでしょう。

 

参考記事

・朝日新聞 14日夕刊 「11歳が妊娠、母親が中絶認めず 保守的価値観強いブラジル、波紋 親族から暴行、1年半前にも男児出産」

・朝日新聞デジタル 14日 「白人男性中心のルール書き換える 女性とLGBTQによる米メディア」

https://digital.asahi.com/articles/ASQ9674LNQ8SKHBL002.html?iref=pc_ss_date_article

・朝日新聞デジタル 4月10日「見えないふりに終止符を」

https://digital.asahi.com/articles/DA3S15262164.html?iref=pc_ss_date_article

・BBC 2021年9月2日 「Texas abortion law: US Supreme Court votes not to block ban」

https://www.bbc.com/news/world-us-canada-58416805

参考資料

厚生労働省 「令和2年度の人工妊娠中絶数の状況について 」

https://www.mhlw.go.jp/content/11920000/000784018.pdf