コロナ禍「ちょっとの我慢」いつまで続く

■マスクなしも当たり前 シドニー

私は今、語学留学のためにオーストラリアのシドニーに来ています。昨日街を歩いていると、スポーツバーに溢れるほどの人が集い、お酒を片手に至近距離でわいわいとおしゃべりをしている様子を見ました。どうやらクリケットの大会があったようで、とても楽しそうでした。どの人を見ても、口元にマスクはありません。パーテーションもありません。日本で「3密」に敏感になる癖がついていた私は、一瞬ぎょっとしてしまいました。クラスターが大量発生してもおかしくない状況です。もし日本だったら、対策を何も施さない店側の責任が問われてしまいそうです。

私の通う語学学校のクラスでも、約20人のうち、マスクをしているのは一人だけです。マスク姿の先生は見たことがありません。おかげで口元がよく見え、どう発音しているのかわかりやすいです。英語のおぼつかない生徒同士でも、マスクなしの相手であれば何を言っているのか聞き取りやすく、スムーズに学習できています。

寄宿舎(ドミトリー)に滞在した時も、共同キッチンでマスクをしている人は一人もいませんでした。飲食店でも、マスクをしていないスタッフは珍しくありません。逆に、マスクをしている人だと、リスニング力の低い私は何を言っているのかが非常に聞き取りにくく、困ったことがありました。

マスクがないことでお互いに表情が伝わりやすく、顔も覚えやすく、言語の壁があっても関係を築きやすいような気がしています。着用している人とそうでない人とでここまで英語の聞き取りにくさに差が出るのなら、日本の中学、高校の英語学習でも効果に差が出てしまいそうだとも思います。

 

■徹底された日本のマスク、なぜ?

いまノーマスクがもたらす、人間関係への利点、息苦しくない快適さを改めて痛感していますが、日本で「マスクを外そう」というムーブメントがあまり大きく起こらず、コロナ禍が始まった当初から状況が変わらないのはなぜでしょうか。中央大学の山口真美教授(心理学)は、東アジア人の表情は目元、欧米人の表情は口元に出やすく、表情を見る際の注目部位も同様だと指摘しています。また、日本人は同調圧力が強く、ウイルス感染の不安だけでなく周りの視線も気になってなかなか外せない。今まで隠してきた口元を晒すのが怖い。そういったことも原因の一つでしょう。

外国人観光客に対して、日本でのマスク着用をお願いするとき、「日本のルールなのだから従ってください」ではきっと守ってもらえない。正直に「日本人の心の平安のため」「私たちは着用を信仰しているので宗教的配慮をしてください」と話してはどうか。そんな提案をする記事も見受けられました。なるほど確かに、外国人との衝突を避け、それぞれの考え方を尊重していくために思い切った対策をとるのは斬新なアイデアに思えます。それくらい、私たちはマスクに対する抵抗感がなく、むしろ今は、外すことへのためらいが大きいのです。

 

■いつまで後回し?

「不要不急」という考え方がすんなりと受け入れられ、集団の和を尊しとすることの多い日本では、「人の命を守るため」という大義名分のもとで、個人の「やりたいこと」を犠牲にするのは美徳だとする風潮があります。「マスクを外して表情がよく見えるようにしたい」という感情など、後回しにされてしまう最たるものと言えるでしょう。具体的な健康への害も見えづらく、経済的にも関係のないことですから。もちろん、その協調性のおかげで爆発感染を抑えられたり、力を合わせて有事を乗り越えたりすることができる、という良い点もたくさんあります。

しかし、コロナ禍が始まってもう2年半が経ちます。そういった個々の我慢ばかりに頼るのではなく、そろそろ、「我慢しなくても対応できる」くらいに政府が体制を整えてほしいと思います。第「7」波が来ても未だ「医療が逼迫」と報道され、一向にマスクを外す日常が見えてきません。私は、マスクが日本人の象徴となってしまう前に、コロナ前の日常に戻ってほしいと思います。

マスクだけではありません。声を出し、感情をむき出しにしながらスポーツ観戦をしたり、おしゃべりをしながら給食を食べたり、お酒を交えて大規模な歓送迎会をしたり。今まで「それは我慢しよう」と言われてきたこともできるように、感染拡大しても受け入れられるような医療体制を整える、無駄のない検査体制にするなど、スピード感を持って対応してほしいものです。

「ちょっとの我慢」で済むから、と私たちは自分の日常を変えてきましたが、「そろそろやりたいことをやりたい」と、多くの人が主張していくことも大事かもしれません。「ちょっとの我慢」によって失ったものの意味をもう一度見つめ直し、少しずつでも取り戻していきたいものです。

 

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