情報が氾濫する中で SNSに惑わされないためには

7月8日金曜日、2限の授業が終わり、学食でうどんをすすっていました。携帯を見ると、母から「安倍さん、街頭演説中に銃撃されて心肺停止状態だって」とのLINEが。不謹慎極まりない嘘でもついているのか。にわかには信じられず、すぐさまネットニュースを開くと、速報がサイトトップに載っていました。

現場にいた人がその時の様子をアップしていないかと思い、Twitterを舐めるように見ていました。まだ報道各社が詳報を伝えていない中、Twitterを見ると、銃撃された時の動画や倒れた安倍元首相の写真が投稿されていました。

そのなかには、「血のりのチューブが見える」、「これは自作自演だ」といったものや「犯人は在日外国人じゃないか」といった差別的なツイートも見受けられました。いまだ事実を掘り下げる必要性は残されるものの、事件の詳細は少しずつ判明してきており、現在ではそういったツイートに踊らされることはないでしょう。しかし、そういったものの中にも、大きく拡散されているものがあります。

この銃撃事件に関して、こんな歪んだ見方をする方が少ないでしょう。ただ、自身のスマホの画面上では、どれほどの人がそんな考えなのかという量的感覚はなかなかつかめないものです。スマホ上に表示されるツイートは、多くても3件ほど。それをスクロールしていき、もし似た意見が100件出てきたら、「こういった考え方の人も沢山いるんだな」と思ってもおかしくありません。たとえそれが100/10,000だったとしてもです。

念を押しておきますが、少数派だから間違っている、多数派だから合っているということではありません。SNSでは良くも悪くも多様な意見が飛び交います。他者を知る意味では良いことかもしれません。ですが、自分の軸を持っていなければ、簡単に流されてしまいます。

今回の参議院選挙では、安倍元首相の死亡による「同情票」が取りざたされていました。結果は、与党の圧勝。果たして、これが「弔い選挙」と化した結果なのかは分かりません。ですが、自身の一票は、政治への意見を表明できる唯一もの。それ以下でも以上でもありません。

自民党が大勝したといっても、白紙委任でないことは言うまでもありません。批判するべきところは批判し、しっかりと論争してこそ、健全な民主主義が育ちます。

日本を長い間率いた安倍元首相のご冥福をお祈りし、この記事を締めくくりたいと思います。

 

参考記事:

9日付朝日新聞朝刊(東京14版)1面「安倍元首相撃たれ死亡」

11日付朝日新聞朝刊(東京16版)1面「自民 改選過半数」