インド高速鉄道 用地収容進まぬ理由

人口減少に伴い日本市場の縮小が見込まれる将来。企業の規模や分野を問わず、海外市場に活路を見出すことは欠かせません。中でも、インドの高速鉄道は官民が連携して取り組んできた巨大インフラ輸出事業。昨朝の読売新聞は、このプロジェクトの進捗が遅れている旨報じています。

現在、インドは時速200キロ以上で走る高速鉄道を有していません。しかし、12路線の開通を計画しており、最重要と目されているのが「MAHSR corridor」です。国内第二の都市で貿易が盛んな港湾都市ムンバイと、スズキの自動車工場の新設をはじめ、工業の発展と人口増加が著しいアーメダバードの500キロを結びます。後者はモディ首相が14年間知事を務めていた州の州都でもあります。同氏は地元の支持基盤強化のために、計画の実現に注力してきた経緯がありました。

日本側も安倍元首相の肝いりの案件でした。15年9月にはインドネシアの高速鉄道計画の受注に土壇場で失敗。苦い経験を糧に内交渉を重ね、同年12月の日印首脳会談協力覚書を交わすに至ったのでした。いわゆる「新幹線方式」が採用され、車両には東北新幹線用のE5系を流用。総工費の約8割を円借款で賄う計画。23年の開通を目指し、17年9月に起工式を行いました。

その後生じてきたのが用地収容問題です。様々なメディアで再三再四報じられてきましたが、現時点でもマハラシュトラ州内の用地取得率は約7割にとどまるそう。開業予定も5年遅れる見込みとのことです。ジェトロ海外調査部による報告書(p.28-30)でも指摘されていましたが、筆者も用地買収の難しさは薄々想像つきます。

3年前ムンバイの列車に乗ったとき、線路すれすれの場所に多数の小屋が軒を連ねていました。(動画) 街に降り立っても、とにかく人が多い。道路も渋滞していてタクシーが全く進まない。要するに、広大な土地を所有する少数の地権者と話せば解決する問題ではなく、狭い土地に密集する多数の住人や地権者と交渉しなければならないのです。ムンバイは東京23区の人口密度を上回る過密都市。空き物件や空き地も殆どないので、立ち退きを強いられる人々が抵抗する気持ちも理解できます。また、都市圏外の村においても、先祖代々引き継いできた農地を手放したくない人々が団結して建設反対運動を起こしているようです。

解決に近道はありません。適当な移転先を見つけて提案すること。補償金を上積みすること。建設反対運動が過熱しないよう、うまく抑えていくこと。沿線の町村の首長に協力を仰ぐこと。そして何よりも、粘り強く低姿勢で交渉を継続していくことに尽きます。

日印の協力関係が今後も続くかどうかを左右する超重要案件。6000キロ離れた日本から進展を祈っています。

 

参考記事:

14日付 読売新聞朝刊(京都13版)6面「インド高速鉄道 急ピッチ

普通列車に「車扉」は存在しない。ドアがあると人が乗りきれないので。

ターミナル駅ですら「改札」は存在せず。無賃乗車が蔓延っている。

駅の外観。世界遺産。19世紀に建設された。

 

※画像はいずれもムンバイのCSMT駅にて19年9月14日筆者撮影。