現代を生きる皆へ

自分とは、なんでしょうか。見た目が大きく変わったら、自分でしょうか。周りからの扱いが、変わったら・・・どうでしょうか。

以前、大学の講義でカフカの「変身」について考えました。主人公がある朝目覚めると虫になっているという話です。突然の変化に戸惑い、周囲との関わり方も変わっていく。その中で主人公がもがく様子が描かれます。

カフカはこの作品に孤独を描きましたが、同時にどんな状態でも自分は自分であるという示唆を残しました。この考えは、実存主義に通じるものがあります。実存主義とは、簡単にいうと「生きる道を自分で切り開く、今ここにあるひとりの人間の現実存在としての自分を認識し、そのあり方を求める」というものです。

20世紀、哲学者のサルトルにより一躍有名になりましたが、その底流は19世紀、社会が大きく変貌するヨーロッパで生まれていたともいわれています。どのような状態や立場にあっても、まずは自己を認識して、普遍的に存在する人間のひとりになるのではなく個別具体的な自分を確立するべきだというものです。

想像しにくいでしょうか。では、上の「変身」を例にとりましょう。外見が虫となってしまい家族や周囲からの扱いが大きく変わったとしても、主人公は自己を以前から変わらぬ「グレーゴル」として認識しているのだから自分です。そして自己を認識することを出発点とし、社会の中で自分の存在を確立するためにもがくことは正に実存主義の実践といえます。

これは、我々にも大きなヒントを与えてくれる作品ではないでしょうか。社会ではさまざまな立場、役割が割り当てられます。大学生、アルバイター、企画職、部長、〇〇学習塾の学生、△△中学校の生徒…。数え出したらキリがないほどです。また、その立場は時に簡単に壊れてしまったり、移ろいでしまったりしかねません。その時、周囲からの扱いが変わろうと立場が変わろうと自己というものは絶対になくなりません。新しく変えていける、進んでいけるのは自分が認識している自分だけなのです。

周囲では、整形で顔を変える友人も多いです。また、会うたびに職を変えている人もいます。ですが、社会的役割、容貌などが変わろうとも、友人の存在自体は変わらないと実感します。

近年、急激なスピードで社会の仕組みが変わっていきます。先日は、日経新聞で薬剤師が個別相談で指名を取る時代がやってくるという記事を目にしました。ウーバーイーツに代表されるギグワーカーなど個人事業主も当たり前となりました。以前とは構造が異なってきた現代こそ、変化の時代に生まれた実存主義を知ることは良い効果があります。

先行きが不透明な時代、様々な情報や立場に惑わされたら実存主義を思い出してみてください。きっと、現代の大波のなかでも自分を見失わずにいられると思います。

 

【参考記事】

4月27日付 朝日新聞夕刊 6面 モルドバ国境 高まる緊張 ウクライナ ロシア軍「戦闘準備完了」

4月27日付 朝日新聞夕刊 1面 ワクチン4回目 対象限定を提案

【参考文献】

フランツ・カフカ 変身 新潮社